マスタールヴァのカクテル・トーク オスカー編
「いらっしゃいませー。
あー、ご注文は何になさいますかー。
えっ? 私のおすすめですかー? そうですねー。
自他ともに認める『愛の狩人』の貴方様には『ノックアウト』なんていかがでしょう。
……ええ、アルコール度数33° 通好みのジンベースのカクテルです。
うー、『ノックアウト』にまつわるお話をしましょうかねー。
昔、一夜にしてその名を世界に馳せたボクシングチャンピオンがいました。
開始5秒で前チャンピオンをマットに沈めた彼は、熱に浮かされたような群衆からヒーローともてはやされ続けました。
それは幼い頃から夢にみた姿ではあったのですが、生身の人間である彼は心身ともに疲れ果ててしまったんです。やがて彼は喧騒を逃れるように一人旅に出ました。
クリスマスイヴの夜、とある田舎町の小さな酒場に入ると、やはり何人かの客が彼に気がついたようでした。マスターは気を利かして特別な席を設けました。
客の一人が彼のそばに近づいてきて言いました。
――チャンピオン様なら俺たちなんかが飲む酒じゃあきたらねえだろ?
マスター、うんと強い酒をふるまってやんなきゃ。
無言なままのチャンピオンにマスターは店で1番強い酒を出すのでした。
そしてグラスに手をのばした瞬間、突然そのグラスが奪い取られ一気に飲み干されたのです!
しかも驚いたことに飲み干したのは若い女だったのです。
ですが、女はチャンピオンの顔を見てあざけるように微笑むなり、ドサッと倒れ込んでしまいました。
――無茶苦茶な女もいたもんだぜ。
チャンピオンにケンカを売って、買われもしねえうちに御陀仏してやがる。
酒場の二階の部屋でようやく目を覚ました女は、チャンピオンの男がそばについているのを知って少なからず驚きました。
――何か俺に言いたいことがあったんだろ? だからこうして待っていたのさ。
――あんたはチャンピオンなんかじゃない。あんな試合、八百長に決まってる。
女は彼が倒した前チャンピオンの妹でした。
彼は女の胸ぐらをつかんで叫びました。
――奴がそう言ったのか!?
女は恐怖に涙を流しながらただ首をふるばかりでした。
――でも、プレゼントをくれたわ。私たち家族みんなに、豪華なクリスマスプレゼントを。
こんなこと、初めてよ。
彼は思い出そうとしました。ゴングが鳴る前の前チャンピオンの目の色を。
目の前にいる女と同じアイスブルーの瞳に、ほんの少しの輝きも見せず、乾いた笑いを浮かべたことを。
――俺はヒーローの肩書きを奴に売り渡されただけなのか?
確かにヒーローであり続けることは、孤独で苦しい戦いなのかもしれませんねー。
彼にとってその夜は忘れられないイヴになりました。
真のチャンピオンとして生きていく覚悟を決めた記念の日。
いつか誰かに”ノックアウト”される時までは、自分自身だけには負けないと誓ったんです、力強くね。
素晴らしいですねー、うんうん。
さあ、お待たせしました。『ノックアウト』です。
女性に勧める時は少し辛さをおさえめにした方がいいですよー。
あー、貴方ならもうとっくに御存知でしたかねー?」
「もちろんさ。だがな、今夜のような聖なる夜にラヴアフェアーは不似合いだろう。
今夜だけはマスターと二人で乾杯するとしよう。通好みの二人でな。メリークリスマス」