マスタールヴァのカクテル・トーク オリヴィエ編
「いらっしゃいませー。
あー、ご注文は何になさいますかー。
えっ? 私のおすすめですかー? そうですねー。
見た目にセンス抜群な貴方様には『フローズン・ピーチ』なんていかがでしょう。
……ええ、フローズンスタイルのウォッカベースのカクテルです。
うー、『フローズン・ピーチ』にまつわるお話をしましょうかねー。
女性が人生の中で一番輝く時ってありますよね?
例えば婚約したばかりの娘さんて何というか自信からくる美しさを無敵にふりまいて。
ですが彼女は違っていました。
婚約したのになぜだか日に日に表情が暗くなっていくんです。
彼女の婚約者は教師でした。
知り合いの紹介で出逢った彼はとても誠実な印象でした。
彼女の話を熱心に聞いてくれて、心地よいタイミングで穏やかな反応をくれる様は、伴侶としてふさわしく思えました。
しかしある日彼女は、彼の苦しい胸のうちに気づくのです。
それは初めて彼が彼女の名を呼んだ瞬間の出来事でした。
彼の顔が一気に青ざめて血の気を失い、今にも倒れそうなほど全身を震わせているのです!
彼はそして息もたえだえに呟きました――許してくれ、と。
彼女は思い悩みました。
誰に何の許しを乞うているのか?
彼の過去に何があったのか?
それを知ることに意味があるのか?
悩み抜いた末に彼女はついに彼の親友と呼ばれる人物に会う決心をしました。
親友は彼女の顔を見てこう言いました。
――婚約したと聞いて、もしかしたらと思ってはいたんだが、
やはり君は似ているね。しかも名前まで同じだ、アイツの死んだ教え子と。
教え子の死は自殺でした。教室の窓から発作的に身を投げたと言います。
彼の苦しみは想像を絶するほど深淵でした。
――だがこれだけは言える。彼の凍った心はやっと溶け始めたんだよ。
親友の家をあとにした彼女はまっすぐ彼の元へ向かいました。
ある一つのことだけを問うために。
雨粒が流れつたう窓を背にして、彼はゆっくりと語り始めました。
家庭的にめぐまれず、荒れた生活を続けるある女生徒を何とか立直らせようと骨身を削っていた日々のこと。だがあくまでそれは教師としての想いでしかありえなかったこと。
――だけど彼女は……彼女は”女”だった……
最期の言葉は、『心にもない愛は欲しくなかった……』
そう言い残すと闇に消えた、もう2度と帰らぬ闇に。
――教えて下さい。私と結婚するのは”つぐない”のためなの?
彼は答えませんでした。
……えっ? それで二人はどうなったかって?
結婚したんですよ。優しい彼女は、放ってはおけなかったんでしょうねー、うんうん。
それに一人より二人の方が、より前に進めるでしょう? きっとね。
さあ、お待たせしました。『フローズン・ピーチ』です。天然水の氷も味わって下さいねー。」
「アリガト。……過去のあやまちってやり直せないってよく言われるケド。
でもさ、ホントはいつからだってやり直せるんだよネ。
だって過去の自分は今の自分の一部なんだもん、どうあがいたってサ。
アレ、今夜は生意気だった? 私」