マスタールヴァのカクテルトーク・最終夜マスター編
「いらっしゃいませー。
今夜はずい分と静かでしょう?
実は今夜は当店の開店記念日でお休みなんですよー。
毎年この日は、自分へのごほうびにオリジナルカクテルを作ってお祝いすることにしてましてねー。
だけど貴方にはごちそうしてさしあげましょうね。
……ええ、特別な貴方だから、ですよ。
うー、今夜お作りするカクテルにまつわるお話をしましょうかねー。
子供の頃、本を読むのが大好きでしてねー。
友達の家に遊びに行っても、面白そうな本を見つけてしまうと、もう友達のことはそっちのけで読みふけってしまいまして……。
そうした本たちの中で、1冊だけ、最後まで、ええ本当にあと少しでしたのに、読み切れなかったストーリーがあったんです。
そのお話のタイトルは『分身』。まだ幼い私には少しばかり恐いお話でしたねー。
始まりは1人の旅人が森の中で4人の魔法使いにとらわれるところからでした。
どうしても家に戻りたい旅人は4人の魔法使いたちの前にひれ伏して願い続けました。
――あなた方の望みは何でもききますから、どうかこの身体だけは家族の元へ帰して下さい! と。
4人の中で1番気弱そうな魔法使いの1人が、旅人をかわいそうに思って言いました。
――私たちには彼の身体は必要ないのだから、願いをかなえてやったら?
他の3人はしばらく顔を見合わせて考えていましたが、
――そうね。中身だけいただいちゃいましょうか。
実はこの4人の魔法使いたちは人の心を食べて生きていたのです。
旅人はそれぞれに、うれしいと思う心・悲しいと思う心・楽しいと思う心、そして怒りの心を差し出し、空っぽの心を持って家へと帰っていったのでした。
数年後旅人は街の片隅で小さなバーを営んでいました。
バーに来る客たちは、様々な感情で身の回りに起こった出来事を話し、時には感極まって泣き出してしまう人もありました。
カウンターの中で無表情に、とは言っても少し作り笑いはしているのですが、シェーカーを振る彼には、それはまるで別世界の出来事でした。
そんな彼の前に、ある夜妖しい瞳の女性が現れたのです。
彼女の濡れた口唇から発せられる言葉は暗号のように聞こえました。
そして空っぽだったはずの彼の心に得体の知れない感情が湧き上がってきたのです。
カクテルグラスの中で無限に広がる美酒のように。
彼のわなわなと震える手を、彼女は優しくとらえました。
一段と妖しさを増す瞳に、彼は言葉を見い出したのです。
――あの日私の中に閉じ込めた恋を告白にきたのよ。あなたにもらった心を返してあげるわ。
彼はハッと気づきました。彼女は彼の命を救ってくれた、あの気弱そうな魔法使いなんだと。
彼女は彼の心をどうしても食べることができずにいたんです。
さあ、そこで私がたった一つ読み切れなかった所。
その魔法使いが彼に返した心って、4つの心のうちのどれだったんでしょう?
もう気になって仕方ないんですよー。
さあ、お待たせしました。『ポーカーフェイス』です。
グリーンティ・リキュールベースのカクテルですから森のような色をしてますでしょう?
トッピングには貴方が大好きだとおっしゃっていた花をそえてみました。
……えっ、作り方をお知りになりたいと?
それは……お教えしてもかまいはしないのですが少々お時間がかかるかと思いますよー。
今夜は……そのーお泊まりでもいいんですかねー?
(ああ、とうとう言ってしまいました……
これじゃ『ポーカーフェイス』どころじゃありませんねー、うんうん)」