マスタールヴァのカクテルトーク マルセル編
「いらっしゃいませー。
あー、ご注文は何になさいますかー。
えっ? 私のおすすめですかー? そうですねー。
少年の面影が残る貴方様には『ストロー・ハット』なんていかがでしょう。
……ええ、『麦わら帽子』という名のテキーラベースのカクテルです。
うー、『ストロー・ハット』にまつわるお話をしましょうかねー。
めまぐるしい都会の喧騒の中に、一人置きざられたような少女がいました。
彼女はたった今、一大決心をして故郷からはるばるやってきたばかり。
彼女の決心とは美容師になることでした。それもただの美容師ではありません。
”カリスマ美容師”でなくてはならないのです。
そう、彼女はとことん勝気な性格でした。私からすれば、ちょっと苦手なタイプかもしれません。
だけど、苦手なタイプほど恋におちちゃったりもするんですねー、うんうん。
あー、話がそれてしまいましたねー。
美容師の専門学校に行き始めた彼女は眠る間も惜しんで勉強にいそしみました。
友人の誘いにも耳を貸さず、自分の技術をみがき上げていきました。
その努力が実り、学校を優秀な成績で卒業した彼女は思惑通り超一流の美容師のアシスタントとして採用されました。彼女は着実に栄光への階段を登っているかのように見えました。しかし――
ある日彼女は決定的な言葉を浴びせられたのでした。
――カリスマ美容師に必要不可欠なもの、それは技術じゃない。
君くらいの技術をもっている者はこの世に五万といる。
肝心なのは”個性”なんだよ。
髪型を見てすぐに誰がヘアメイクしたかわかる、そんな才能をもつ者は選ばれたわずかな人間だ、と。
彼女の心の中の大切な宝石がパリンと音を立てて割れた気がしました。
その夜から彼女は毎晩同じ夢をみるようになりました。
ぼんやりとした光景は、いつかどこかで見たことがあるような場所のように思えました。
ただはっきりと聞こえるのは故郷の海の静かな波の音だけ。
夢の中の顔もわからない幻の恋人が、しきりに何かを手渡そうとしています。
しかしそれが何なのか見えかけた瞬間、必ず目覚めてしまうのです。
現実世界では、自分だけの髪型とは何かを常に問いかけながら、答を出せないまま苛立ちの日々が過ぎていきます。
疲れがピークに達した彼女の手が突然震え始め、ハサミが握れなくなってしまいました。
――君は今休息すべき時だ。故郷でのんびりするのもいいんじゃないか?
それは彼女には”最後通告”にも等しい言葉でした。
そしていつしか夢の中の波の音は全く聞こえなくなっていました。
――帰りたい!
彼女は夜行列車に飛び乗りました。故郷の海に着いたのは明け方近くでした。
波打ち際に麦わら帽子が転がっています。拾ってかぶってみると、髪の毛がくしゃっとなりました。
子供の頃のくしゃくしゃな頭を思い出し、笑いがこみ上げてきます。
まだほの暗い浜辺で、彼女はようやく1つのヒントが見つかったような気がしました。
――可愛くて、頭をなでてあげたくなるような、そんなヘアメイクができたらいい……
彼女の心の中には、いくつもの宝石がちりばめられていました。
さあ、お待たせしました。『ストロー・ハット』です。
セロリ・スティックを添えましたけど、セロリ食べられますかねー?」
「もうマスター、ぼく子供じゃありませんから。
だけど心の片隅に、麦わら帽子の彼女のような、子供の心を残しておけたらいいなって思うんです」