マスタールヴァのカクテルトーク レオナード編
「いらっしゃいませー。
あー、ご注文は何になさいますかー。
えっ? 私のおすすめですかー? そうですねー。
ピッカピカの俺様オーラをおもちの貴方には『フォールン・エンジェル』なんていかがでしょう。
……ええ、ほとんどジンと言ってもいいくらいアルコール度の強いジンベースのカクテルです。
うー、『フォールン・エンジェル』にまつわるお話をしましょうかねー。
ある街にオートバイが大好きな少年がいました。
風を切って走っていると、まるでヒーローになれたような気持良さです。
だけど現実ってものはそうそう甘くはありません。
ある夜、彼は飛出してきた少女を避けようとして転倒し、大ケガを負ってしまいます。
幸い命は助かった少年ですが、過去の記憶をすっぽりとなくしてしまったんですよねー、うんうん。
責任を感じた少女は何かと少年の面倒をみるようになりました。
二人がお互いを意識し始めるのに、それほど時間はかかりませんでした。
しかしながら、自分の素性さえわからない少年は、彼女への気持を前に進めることができませんでした。
そしてついに別れの日がやってきたのです。
少女は大人の女性となり、親の勧める相手と結婚しました。
もう二度と彼には会うまいと決心をして。
彼女の輝く時はそこで終わりを告げたようでした――。
……えっ? なんてじれったい話なんだっていうんですか?
そうですよね、貴方だったらきっと結婚式場に乗り込んで花嫁をかっさらう!なんてシーンが頭に浮かんできますよ。だけど私だったらどうなんでしょうか……
彼と同じく人知れず街を去ってっちゃったりしちゃうんでしょうねー、ああ情けない。
だけどね、実はこれから彼らのジグザグな恋物語が始まるんです。
あれから何度目の春を迎えたことでしょう。
結婚した少女は二人の男の子の母親となりました。特に弟の方はやんちゃ盛りです。
ある日スーパーの地下駐車場で迷子になってしまった弟は、遠くに兄の姿を見つけ、しゃにむに飛出してしまったのです!
――危ない!
その時ちょうど走り出した車の前で弟は恐怖のあまり動けなくなってしまいました。
そんな彼を横っ飛びに抱きかかえ救い出してくれたヒーロー、それが運命の再会とでもいうのでしょうか、あの記憶喪失の彼だったのです!!
二度と会うまいと決心させた、かつての想い人。忘れようとしても、忘れられなかった恋しい人。
母親の瞳にはあっけなく堕天使の輝きが宿ってしまいました……
彼女は衝撃の告白をします。
――あなたは覚えていないでしょうけど、あの時、私があなたのオートバイの前に飛出したのは、わざと、だったんです……
――わかっています。あの時の君の顔を、たった今思い出したから。
1ヶ月後オートバイを走らせる彼の後ろには全てを捨てた彼女の姿がありました。
風を切って向う先は地獄なのかもしれません。
しかし彼女は思っていました。
――それでもいい。そこが私の元々いた場所なのだから。
さあ、お待たせしました。『フォールン・エンジェル』です。
当店自慢のハンドメイドグラスでどうぞお召し上がり下さいねー。」
「ヘェ、すげェな、そりゃ。ところでその二人、向う先が地獄だか天国だかは誰にも決められねェな。
人間って奴はたとえ今まで上手くいってたってこれからもそうだとは限らねェからな」