マスタールヴァのカクテル・トーク フランシス編
「いらっしゃいませー。
あー、ご注文は何になさいますかー。
えっ? 私のおすすめですかー? そうですねー。
いくつもの顔を見せて下さいそうな貴方様には、『タバリシ』なんていかがでしょう。
……ええ、『タワリッシ』とも『トヴァリッチ』とも『トヴァリッシュ』とも呼ばれたりする、
ロシア語で『仲間』という意味のウォッカベースのカクテルです。
うー、『タバリシ』にまつわるお話をしましょうかねー。
ある離れ小島に樹齢千年を越えるモミノキがありました。
そして今まさにその島へと向かう船上に1人の樹木医が乗っていました。
彼はまるで運命に導かれるかのように樹の生命を救おうとしていたのです。
船着き場で彼を出迎えたのは鋭い目つきをした老人でした。
――モミノキはわしらの島の宝じゃ。決して朽ちさせてはならぬ。
どうじゃ必ず甦らせると約束できるか、おぬしは。
まだ見もしないで約束などできようはずもないと心の中では思ったものの彼は老人の思いの丈に打ち勝てずに
――わかりました。約束致しましょう。
と答えました。
老人の案内でさらに歩くこと数時間、ようやくたどり着いたモミノキは幹のそこここに割れ目があり、瀕死の状態といってもいいほどでした。
樹木医は眠る間も惜しんでモミノキを甦らせるためにもてる技術を注ぎ込みました。
ある日樹の傍らでうとうとしていると、鈴の音のような女性の声が聞こえてきたのです。
――やっと会いに来て下さったのですね。この日をどんなにか待ち焦がれていたか!
彼は目を開けようとしましたが視界はぼやけるばかり、女性の姿と思われる影も目まぐるしく変わる色彩にとりこまれてはっきりしません。
ただ不思議となつかしい想いがわき上がってくるのでした。
――覚えておいででしょう、いえ忘れるはずがない。そなたは千年の昔、都でこの私に仕えた守り刀。
されどそなたは私を守らんがために私に近づく殿方を次々と切り捨てて…
女性の影はみるみる紅蓮の炎と化しました、と同時に彼の心の中にも激しい恋情が狂おしいほどに暴れ始めたのです。
――忘れてはおりません、姫様。あれはまさに修羅の恋にございました。
――私はずっと待っていたのです。そなたがいつ私に想いを告げてくれるのかと、来る日も来る日も待ち焦がれて。
じゃがとうとう最期までそなたは眉一つ動かすことなく仮面の形相で私を見続けておりました。
――想いを告げるなど! その時が最後姫様のお側にはおられませぬ。
――ならばこそ! 今ここで告げて下され。仮面をはいで下さりませ…
樹木医の眼前に今はっきりと見えたものはモミノキの柩に横たえられた姫君。
姫君を抱きしめた瞬間、モミノキにたった1つ色鮮やかな花が咲いたのでした。
さあ、お待たせしました。『タバリシ』です。
どうぞグラスの中の悠久の時をお楽しみ下さいねー」
「ありがとうございます。
『愛』という言葉は『喜び』から『哀しみ』、そして最後には『悟り』へと衣を脱ぎ捨ててゆくものです。
姫君の心を映した花はさぞや美しかったことでしょうね」