マスター・ルヴァのカクテルトーク  エンジュ編


「いらっしゃいませー。
 あー、ご注文は何になさいますかー。
 えっ? 私のおすすめですかー? そうですねー。

 まるで試練を自ら求めているかのような強く輝く眼差しをお持ちの貴方には、『ホット・シャルトリューズ』なんていかがでしょう。
 ……ええ、寒い夜心まであたためてくれるリキュールベースのホットカクテルです。

 うー、『ホット・シャルトリューズ』にまつわるお話をしましょうかねー。


 ある山深い小さな村に『伝説の舞手』と呼ばれる巫女がいました。
 これはその巫女の女性がまだ幼い少女だった頃の素敵な、でもちょっぴり悲しい物語なんですよー。

 少女は神社のすぐ側で暮らしていたので自然と境内が遊び場となっていました。
 苔むした石段を登ったり、その先の舞殿でお菓子を食べたり。
 そんなある日のこと、舞殿の方から賑やかな太鼓の音が聞こえてきたのです。
 少女は胸の高まりを抑えることができず、石段を大急ぎで駆け上がっていきました。
 ――あっ危ない!
 最上段で苔にすべって転びそうになった彼女をしっかりと抱きとめてくれたのは、今まで見たこともないほど身体が大きな男の人でした。

 少女はお礼を言うのも忘れて彼を見入っていました。すると、
 ――君もお神楽太鼓を見に来たんだね。
 そう言って彼は少女を胸に抱えたまま舞殿まで登っていってくれたのでした。
 しばらくすると、さらにさらに大きな音が鳴り始めます。そう、大きい彼が太いバチを握って太鼓を叩き始めたからです。
 ドーン、ドーン…その音はまるで天空から落ちてくるように少女には思えたのです。

 お神楽太鼓が終演すると彼は少女にたずねました。
 ――どう、面白かったかい?
 ――ええ、とっても。私、何だか踊りたいわ!
 突然少女は立上がると、まるで身体の火照りを鎮めるかの如く全身を使って踊り出しました。
 舞殿をも飛出し、神社中を駆けめぐってもう手がつけられないほどです。
 いつしか大きな彼もバチを再び持ち太鼓を打ち始めました。
 そして一心不乱に打ち続ける彼の目から涙がこぼれたのです。
 ――ダメだ! この程度の音では、とても君の踊りには応えられないよ……

 とうとうバチを空へ向って投げ出した彼を見て、少女はびっくりしてたずねました。
 ――どうしたの、お兄ちゃん…
 ――ああ何でもないんだよ。ほら空があんなに青くてきれいだから。
 ――ねぇ今度はいつここに来てくれるの?
 ――そうだなあ…山々の緑が空を焦がすほど赤く染まった頃に。
 ――きっとよ、約束よ。
 二人は指切りをしました。何度も、何度も。

 さあ、貴方にはもうおわかりでしょう?
 何年待っても、大きな彼がその神社に再び来ることはなかったのです。
 それでも巫女となった彼女は彼のことを忘れず、約束を信じて今も舞い続けているんです。
 まさに“恋舞”なんでしょうねー、うんうん。

 さあ、お待たせしました。『ホット・シャルトリューズ』です。
 貴方の心も芯からあったまりますように、ね。」


「ありがとうございます。吸い込まれそうな緑色…
 きっと彼女はこう思っているんじゃないでしょうか。
 いつか彼の太鼓の音で舞う日のためにがんばろう。どんなに修行がつらくてもって」


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