マスタールヴァのカクテル・トーク エルンスト編
「いらっしゃいませー。
あー、ご注文は何になさいますかー。
えっ? 私のおすすめですかー? そうですねー。
心に宇宙をもつ貴方様には『スノー・ホワイト』なんていかがでしょう。
……ええ、『白雪姫』なんて言うと赤くなってしまいそうなアップルワインベースのカクテルです。
うー、『スノー・ホワイト』にまつわるお話をしましょうかねー。
ある町にバスの車掌をしている男の人がいました。
彼はその仕事を天職だと思っていて、毎日が楽しくてしょうがありませんでした。
バスには色んな人が乗り降りしますよねー。
何度か顔を合わせるうちに、時には恋心を抱くこともありました。
けれど彼はいつもそんな想いは心の奥底に封じ込めるのでした。
なぜならそれが熱するとさめる恋だと知っていたから。
そして彼は、恋心を抱いた相手を頭の中にだけ住まわせて遊ぶのです。
頭の中の彼女は、彼の行きたい所へ一緒にデートに行き、優しく笑いかけてくれます
。
こんなステキなことってないでしょう?
何だかちょっと危ない人のような気もしないではないですがねー。
私もこんな仕事をしてますから、わかりますよ、彼の気持、うんうん。
そんな彼が今1番気になっている女性と言えば、午後になると必ずマーガレットの花束を抱いてバスに乗り込んでくる細身の美しい人でした。
彼女は墓地の近くの停留所までの切符を買います。
今では言葉をかわすまでもなく、彼は切符を差出すようになっていました。
そして彼女はその瞬間ほんの少しだけまろやかな笑顔を見せてくれるのでした。
ある日のこと、彼が切符を差出すと、彼女はそれと引きかえに別の切符を彼に差出しました。
切符には”to the moon”とだけ書かれていました。
驚いて尋ねようとしましたが、彼女はもう前の方の席にすわってしまっています、いつものように白い花束を抱いて。
そしてバスを降りる時に彼女は彼の耳にこう囁きました。
――今夜9時。このバス停で待っています、と。
彼の頭はパニックでした。彼女がどこの誰なのかもわかりません。
ただ確かに心惹かれる女性から誘いを受けた。けれど”to
the moon”の切符の意味とは?
まさか本当に月に行くわけもなく……考えれば考えるほど彼の心は乱れてしまうのです。
約束の時間はもうすぐ。
時計の針が夜の9時をさしました。
バス停に一人不安げに立つ彼の目の前に晧然と輝くバスが停車しました。
おそるおそる乗り込むとバスの中央にマーガレットの花が敷きつめられ、彼女が横たわっています。
いくら呼びかけても目を覚ます気配がありません。ただ少しだけ口唇が動いたような気がしました。
彼はそっと口づけました。
彼女は目を開きはしませんでしたが、声が聞こえたのです。
――ありがとう、私の王子様。あなたのキスは本物。恋は決してさめないわ。
そして全ての物が消え去りました。バス停と彼だけを残して。
さあ、お待たせしました。『スノー・ホワイト』です。リンゴの風味で何か思い描いてみて下さいねー」
「ありがとうございます。私の考えでは”to
the moon”の意味は、外の世界へ踏み出してみよう、ということではないでしょうか。マスターはどうお考えでしょう?」