マスタールヴァのカクテルトーク チャーリー編
「いらっしゃいませー。
あー、ご注文は何になさいますかー。
えっ? 私のおすすめですかー? そうですねー。
いつも時間に追われている貴方様には『ミドリ・アレキサンダー』なんていかがでしょう。
……ええ、食後におすすめの、ブランデーベースのカクテルです。
うー、『ミドリ・アレキサンダー』にまつわるお話をしましょうかねー。
今貴方にとって一番大切なものは何ですか? 仕事、恋、それともお金?
お金はもちろん大切です。ええ、私にとってもものすごく……。
だけどお金じゃ買えないモノも世の中にはたくさんありますよねー。
今からお話するのは、お金じゃ買えない恋に気づいた、ある政治家の卵の物語なんです。
彼は有名な政治家の長男として生まれ、何不自由なく育ってきました。
まだ幼い頃でさえ、気に入らないメイドがいれば即座にやめさせて、新しい者を雇うような、思うがままの人生を歩んできました。
周囲の人間はいずれ彼が父親の跡を継ぎ、立派とは言えなくともそれなりの政治家となるのだろうと考えていました。
ですが彼はそうなることを望みませんでした。
彼には薄々わかっていたのです。
政治家としての父親の心の中には常に地獄があり、その地獄と戦う術をもち合わせていなければ、生き抜いてはいけないことを。
そして己にはそんな地獄に身をゆだねる勇気がないことを。
成人してからの彼は、でき得る限り父親を避け続けました。
飲めない酒を飲み、抱きたくもない女を抱き、不遜な放蕩息子を演じました。
まるでブレーキのきかない車のように、歪んだ轍を残して突っ走っていたのです。
――そう、あの女に出逢うまでは。
その女は、怒りとともに彼の目の前に現れました。
――私はあなたが行きずりに抱いた、名前も知らない女の親友です。
彼女の代理であなたに謝罪を求めに来たんです。
理由はあなたのせいで彼女は中絶して子供を産めない身体になったから!
そんな話は本当も嘘もイヤというほど聞かされてきた彼です。
彼はいつもの如く胸ポケットから札束を抜くと、女の前に置きました。
――これで謝罪になりますか?
――いいえ、なりません。
――ではどうすれば?
――あなたの血液をいただきます。あなたのような人が赤い血だとは思えないけど。
例え、緑色の血だったとしても、彼女が流した分だけ持ち帰るわ。
――そんな脅しには乗りませんよ。
――脅しではありませんわ。
彼女はハンドバックからピストルを出して、彼に向けました。
その手はわなわなと震えていました。
――初めてですか?撃つのは。当たりそうにないですね、それじゃあ。
――当てる自信なんてないわ! だけど人間、自信がもてない時ほど良い結果を引き出すものよ。
少し微笑んだようにも見えた女の心に、彼は地獄を垣間見たのです。
――この人は本当はこんなことをする人じゃない。
ただ親友の嘆きのために、自分をここまで追い詰めているんだ!
彼の目に、知らず知らず涙があふれ出しました。まるで生まれて初めて泣いたように、とめどなく……。
そして女の前に跪き、心の底から詫びたのです。
その1月後でした、心を入れ換えた彼が父親の秘書になったのは。
父親のようになれる自信はなくても、地獄に立ち向かうひとかけらの勇気だけもって、ね。
さあ、お待たせしました。『ミドリ・アレキサンダー』です。
メロンリキュールミドリの甘い香りにメロンメロンに酔いしれて下さいねー」
「おおきに。マスターのせっかくの気持やし、今夜はこのミドリちゃんとゆっグリーンさしてもらうわ。
俺もたまには気ィ抜かんとな」