*この作品は、3000番目の迷子、ゆきやなぎ様にお贈りいたします。

ポーカーフェイスの作り方


ゆうべ、何があったのか?


目覚めた佐野の脳裏にまず最初に閃いたのはそのフレーズだった。
枕元の目覚ましは4時をさしている。起きてしまうには少しばかり早い。
佐野のベッドの中には、やっぱりというかなんというか、瑞稀。
平和な寝息を立てて、眠り込んでいる。
真っ暗で何も見えないが、それぐらいのことは気配でわかる。
最初の頃は、自分のベッドに瑞稀がいるだけでずいぶんうろたえたものだが、
幸か不幸か(かなり不幸だという気がする)近頃はすっかり慣れて、
けっこう落ち着いて状況分析ができたりするのだ。
こんな風に慣れたくはもちろん無かったのだけれど。


記憶が飛んでいるってコトは、飲んでしまったのか、俺。


窓からさしこむごく弱い月明かりの中で確認した室内は程良く散らかっている。
闇の中目を凝らすと机の上にコップが見える。どっちかというと乱立している。
これは昨晩、宴会が開かれたのに相違ない。
コップの数から考えて、いつものメンバー、なのであろう。
いったい何の宴会なんだろう。
なにかの打ち上げって言うような行事も思いつかないし、
……ただ騒ぎたいだけの飲み会、ってところか。
どっちにしても、もしかしたら宴会のあとつぶれたヤツの一人や二人、
床に転がっているかも知れないから気をつけねば。
しかし、酒は口にしないように気をつけていたはずだが。


ヤバイもんな、酔っちまうと、色々。


自分の酒癖が周囲に迷惑をかける事を自覚して以来、
って言うかさんざん皆から聞かされて以来、飲酒は控えている。
(どっちにしたって未成年だし、という発想はしかし奴らには無いのだったが)
瑞稀のことが好きだと自覚してからは余計にアルコールには気をつけていたつもりだったのに。
そうだ、瑞稀だ。
珍しくないこととはいえ、今日はどうして一緒に寝てるんだ。
そっと瑞稀の方に手を伸ばす。これはほとんど無意識に、だ。


な、なんだ〜〜!!


思わず叫びそうになってしまった。
伸ばした腕に瑞稀がしがみついてきたのだ。
今や、佐野の左腕は、瑞稀の胸に抱きしめられている。
どうも、その、瑞稀のパジャマの下には何もないらしく、
む、胸の感触が、意識すまいと思えば思うほどリアルに迫ってくるのだ。
胸?
イヤ、絶対ヘンだ。
はじめてここに侵入してきたときはともかく、
その後蒔田事件を経て、彼女は眠るときもパジャマ一枚と言うことはなかったはずだ。
その後何回かの「ホーム・ステイ」でそのあたりはしっかり確認済みである。
ならば、どうして今日の彼女はかくも無防備ないでたちなのか?


ぎくり。



最悪の想像が脳裏に浮かぶ。
闇に目が慣れてきた。
左腕を人質に取られているので身じろぎもできないのだが、部屋を見渡す。
転がっている人影、無し。
なんとかベッドまわりもチェック。
……とりあえずそういうコトは起こしていないようだ。
(記憶も飛んでいる酩酊状態で痕跡を消すようなまねはできないだろうし。)
ここで大いに胸をなで下ろしはしたが、事態は何一つ変わっていなくて。
そこで思考はもとの地点に帰ってくる。
ゆうべ、何が?
とりあえず、瑞稀が目を覚ますまで2時間近くある。
それまでに、いつものポーカーフェイスを作り上げて、何もなかったような顔で
「ああ、起きたのか」と言わなければ。


でも、これでなかなか、平然としているのは難しかったりする。
以前はそんなこと無かったのに。
なにかする度にことごとく邪魔になるのが、恋愛感情ってヤツかも知れない。
かといってもちろん、それを捨て去ることなど考えられないのであるけれど。


そんなこんなで、心を鎮めると同時に、まだ解けない瑞稀軽装の謎を考え、
同時に瑞稀が目覚めて自分の無防備ぶりに気づいたときに慌てたりショックを受けたりしない、自分の対応の仕方ってヤツについても考えをめぐらせる。
けっこう難しいお題に、甘やかな気分は否応なく薄まり、真剣に考えざるをえなかったりすることが、冷静さを装うのを助けてくれるだろう。
つまり、瑞稀を好きだという気持ちそれ自体がポーカーフェイスを支えるのである。
……何か矛盾している、とっても薄氷な状況だけれども。

うすく自嘲の笑みを浮かべ、ゆっくり善後策を練る。
瑞稀の寝顔を眺めながら。
当の瑞稀は、少し動いて、佐野の左腕の拘束をゆるめた。
ここぞと左腕を引き抜いて、それでも目を覚まさないことを確認すべく、顔を覗き込む。


「ありがと、佐野」

一言発すると再び眠りの底に落ちる瑞稀。
不意打ちだったので、意味なくうろたえて、もう少しで瑞稀を起こしてしまいそうになる。
まいったなあ。
一体どんな夢を見ているのやら。
……とりあえず、こいつの平和は、守ってやんなきゃ。
夜が明けるまで。
いや、そばにいてやれる限りは。


そして佐野は毛布をつかんで床に落とすと、はじめからそこにいたかのように横たわるのだった。

(おしまい)

で、何があったか知りたい?


9月中に公開できるつもりだったけれど、遅くなってしまいました。
なんかお題とずれてしまったような気がします。
っていうか、仕掛けに熱中しすぎたというか。
ちゃん太といっしょに仕掛けを考えるのがホント楽しかったです。

既にお気づきのように、キーになるフレーズの第1文字目をつなぐと「ゆきやなぎ」になるんです。
仕掛けとも言えないですね、これじゃ。でもすごーく考えたのよ、これでも。

うろたえる=ホームステイっていうのはちょっとベタ過ぎるけれど、やっぱりこれかなって。
野江の彼女エリカちゃんが活躍する話にしようかとも考えたんですけれど。
それはまたいずれ。(あるのか?)

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