桜咲交友録


月曜の昼下がり、突然ケータイが鳴る。
平日の、しかも月曜の夜に飲みに行こうなんて誘う奴はそうそういない。
少なくとも俺の知り合いには、火曜日が定休日な、あいつ以外には。


指定された場所は、何かの冗談のような、妙に小洒落た、ホテル内のバー。女を口説くならともかく、男同士ゆっくり飲む場としてはいかがなものか。
そして、扉を開けたとたん目に入ったあいつは、いつもとまるで違っていた。

「お前のネクタイ姿なんて桜咲の制服以外で初めて見た……」
隣席にすべり込みつつ、ついつい素直に思ったままを口に出してしまった。どうもコイツは俺のペースを壊すのが上手すぎる。

「見合いだったからね」謎の微笑み。

占い師としても、占い館を経営する実業家としても、コイツこと鬼島綾市はまあ成功している部類だが、本人は密かに家業の心療内科の後継者問題を気にかけている。
とはいえ本人が継ぐのはもう今さら、だし、妹に今から医者になれと言うのも、医者と結婚しろと言うのも自分の中では許せないらしい。というわけで、心療内科を継いでくれそうな女医の卵を次々と探し出しては見合いを重ねている、という話は知っていた。さもありなん、とも思っていた。それ以上のことを俺がどう思おうとムダだということも。

「で、首尾は?」いくら気が進まなくてもやはりふられた話題に食いついてこそ大人の態度だと思って、俺は一応尋ねる。
「ついさっき仲人から連絡があったよ。
 『あの、ご本人はともかくお友達が……』だってさ」また謎の微笑み。

お友達?
コイツは正直、知り合いは山盛りいるが友達が少ないってタイプだ。
見合いを断られるような問題のある「お友達」??
……大きな心当たりがあったりするのが情けない。
もしかして、全然知らない間に、俺がコイツの見合いを壊してたりするのか??

たぶん俺はずいぶん間の抜けた表情をしていたのだろう。
耐えきれないように吹き出すと、綾市は種明かしを始めた。

「このホテルのロビーで見合いでさ。で、例によって二人きりにされて、途方に暮れてたら」
嘘つけ。途方に暮れてたのはお前にだんまり決めこまれてしまった相手の女だけだろう。
「なんと、曾根崎が来た」

5年ぶりぐらいにその名前を聞いて、俺は思わず口笛を吹く。いかん、あまりのなつかしさでガキくせー事を。

「『もしかして、委員長か?いやー懐かしーなー』とか言って、テーブルに乗り込んできた」
……やりそうだな、いかにも。
「そんで近況をぺらぺらしゃべったあと、見合いだって気がついたみたいで」
それで慌てて退散した、っていうわけか。問題ってほどでもない気もするが、確かに変わってはいるな。

「…普通気がついた時点でさようならだろうが、さすが曾根崎、意外な行動に出た。
『もしかして、見合い?わー、オレ、見合いの現場ナマで見るの初めて』とか言って、いすわった上、見合い相手に根ほり葉ほりいろんなコト聞くんだよ」
よ、予想を上回るすごさだ。

「普通絶対に当事者じゃ聞けないような、見合いに踏み切ったきっかけとか、見合い歴、おまけに他の男との交際歴までつっついて。可哀想に、相手の子もうつむきっぱなしさ」
……まあ普通そうだろうな。
「それにしてもそれだけの狼藉を働いているくせに、曾根崎本人はあくまでさわやかなんだから始末が悪いね。」
さわやかに見合いを妨害する男、曾根崎。そのあまりのはまりっぷりにとうとう俺は吹き出した。待ちかねたように綾市も大声で笑った。

「で、、向こう様はお断りになったってわけか」
「いやまだ本当は続きがあるんだ。どうやら営業の途中だったらしい曾根崎、『もう行かなきゃ』はいいけれど、なんと同じ方向だとか言ってヒトの見合い相手をかっさらっていったんだよ」
「……あくまでさわやかに、だろ」
「当然」

どうして今日突然誘われたのかよくわかった。この話を誰かにして大笑いしたかったのに違いない。腹の皮を思い切りよじらせたあと、その夜はなつかしい名前で盛り上がったのだった。

なのに意地悪なあいつは、現実に引き戻すことも忘れない。
「とりあえず俺は、ケツがでかい多産系の女医を捜さんとな。そーいやお前んとこも家元だろ。妹頼みか?」
そう、里緒はガキの頃からいつも、「久遠流はあたしが継ぐんだからお兄ちゃんは邪魔しないでよ」なんて言ってる。10も年下の妹にそう言う風に気を遣わせてしまう自分が最低だと言うのは自覚済みだが、とりあえず俺はこう答えるしかないのだ。
「まあな」と。


一年近く経って。
曾根崎の結婚式の3次会で、あいつは見覚えのある花嫁の姿に絶句していた。
俺も、配られた小冊子の「2人のなれそめ」に、「悪い男にからまれている彼女を偶然彼が救い出した」と書かれているのを見て、しっかり目が点になってしまったのだった。


(おしまい)


当初これはものすごくシリアスなお話でした。テーマが重すぎて。
ふと思いついて曾根崎を出すと、なんとかお笑い風味にまとまってくれて、一安心。
曾根崎ゴメン、とんでもない人物にしちゃって。でも、彼のエピソードのいくつかは実話だったりするのがこわい。

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