この作品は22222番目の迷子、mito様に捧げます。

君と見送る夏


8月最後の土曜、夕食のデザートにはおそらく今シーズン最後であろうスイカが付いたというのに、皆、そびえ立つ宿題の山を崩すのに忙しいのか、それをゆっくり楽しむものはごく少ない。もちろん元々この時期に寮に残っているものは多くない、ということもあるが。
「余ってるからまだおかわりできるって!」トレーの上に追加分のスイカを並べて芦屋瑞稀は心底嬉しそうな表情で佐野と中津の待つテーブルに戻ってきた。

「よっしゃ、食うで〜」中津は半分テーブルに身を乗り出している。そこまで気合いを入れるようなことなのか、苦笑する佐野を尻目に、残る二人は次々にスイカを皮だけにしていく。この二人の食べっぷりは寮内でも有数だろう。二人揃うと相乗効果が生じているフシもある。佐野もスイカは好物なのだが、二人の食べっぷりには気圧されてしまう。それに、食べながら、前回スイカを食べた時のことを思い出してしまって少し胸が詰まるのだ。

ペンションでバイト中にスイカが供されたあの晩、あの男は佐野の思いを見抜いて挑発してきた。それから後の悪夢のような展開は、しかし少し時を経た今となっては本当に悪い夢だったようにも思えてくる。そしてその事実こそ、いかに心臓を鷲づかみにされたような思いを味わったといえど、自分が単なる傍観者でしかなかったことの証左にみえて、タチの悪い棘のように佐野の心を刺す。それでいいのか、と。

やがて更に数度のスイカの補充を経てようやく底なしなふたりも満足したようだ。中津は「あー食った食った」ときわめて満足した様子で伸びをし、いつの間にか集まっていた周りの視線を軽く薙ぎはらって、佐野に顔を近づけ、芦屋を手招きし、密談めいた雰囲気で言う。
「これから花火しよや。中庭か犬小屋のそばたりで。花火ぎょーさん残ってんねん。使てしまうんやったら今のうちやろ?」
残り2名にも異論はなく、早速寮の管理人にバケツを借りて、犬小屋の脇に陣取ることになった。

実際花火は大量にあった。打ち上げ系はダメだと管理人に釘を刺されていたので自粛する。中津は寮がダメなら学校のグラウンドを使おうと提案したのだが、その手続きの煩瑣さを思うと(あるいはこっそり侵入して何か問題が起こったときの後始末を考えて)佐野は直ちに却下したのだ。
めいめいが手持ち花火を両手に、切れ目無く次々と火をつけてゆく。幼いころよりも花火の燃え尽きる時間が短いような気がするのはどうしてだろう。ともかくそんな調子なので思ったより速いペースで花火は消費されていった。

「打ち上げはアカン言われたけど、こっちはええやんな」
中津は吹き上げ花火に火をつける。小さい光の噴水に芦屋はうっとりとした目を向けている。
「ああ、やっぱり花火はいいよね。打ち上げよりこっちの方が好きかも」というセリフに小さくガッツポーズする中津。 彼も芦屋が心配なのだ、と佐野はあらためて気づかされる。寮に帰ってきて以来、芦屋はまるで何もなかったように以前の調子でここにいるが、そのことが却って自分たちには引っかかるのだ。

3つの吹き上げ花火のあと、一袋(10も入っていなかったと思う)のネズミ花火で大騒ぎし、最後は線香花火だ。
「なんかこれ最後に持ってきてしまうねんな」
「繊細できれいだよね、でも」
「最後に持ってくるとよけいにしんみりした感じになるな」

はじめは雑談していた三人もそのうち少しでも自分の線香花火を長持ちさせようと皆無言になる。不注意で火玉を落としたりしないように息を詰める様子は、何か祈っているかのようだ。
実際、祈り、かもしれない。もしくはこの線香花火は、いろいろなことがありすぎたこの夏の「送り火」のようだ、と佐野は考える。
いっしんに火玉を見つめる芦屋の横顔を眺める佐野の脳裏にはまたあの夜の彼女の姿がだぶりちらつき、容易には消えてくれないようだ。

ついに最後の火玉が落ちた。しばらく3人とも暗闇と無言で対峙していたが、芦屋が立ち上がる。
「おれ、バケツ返してくる」
「ほな、オレらゴミ拾とくわ。な、佐野」
「ああ」
片付けながら佐野は中津に「サンキュ、な」と礼を言う。

「ホンマは最終日に皆でパーッと騒ごと思てバイト中買い物のついでに買うといてん。あんなことになったから出番無かったけど、ちゃんと使えてよかったわ。」
「アイツも喜んでたみたいだしな。あのかわいらしいちっこいのがいないのが残念だけど」

「ちっこいのて教美か?実はな、『桜咲学園中津様』ゆうて学校気付でオレ宛にあそこの親から暑中見舞い届いててん。びっくりしたわ。」
「親公認とは隅に置けないじゃないか」
「アホ、泉、オレはロリコンちゃうゆーてるやろ。だいたいオレはやなー」
ちょっと赤くなりながら弁解しようとしたとき、芦屋が戻ってきて、この会話は中断され、それ以上続くことはなかった。

部屋に向かいながらの「夏休みもこうやってきっちりと見送ったことだし、宿題の残りするか」という佐野の発言に、
「きれいな物の余韻にもっと浸ってようって思ってたのになんてこと思い出させるんだ」と残り二人が彼を走って追いかけるという形で、この後で考えるとちょっと儀式めいた花火大会は幕を閉じた。
まだ佐野には、今後彼女をどう扱って行けばよいのかについての答は見つかりそうになかったのだけれど。


(終)


お題は「花火をする佐野と瑞稀」。夏の終わりにはできているはずだったのにいくつもの夏を超えたあげく今頃になってしまいました。たいへん季節外れです。申し訳ありません。
リクエストからものすごく年月が経ってしまっているため、mito様がこちらを見てくださっている確率は非常に低いのですが、ようやくお約束を果たせたという思いでいっぱいです。何年も待たせてこの出来かよ、という気もずいぶんするのですが。(ちるだ)

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