凱旋


聖ブロッサムにダンスの練習に行ったとき、あたしは妙に気になる一団を見かけた。
20代半ばぐらいのカップルと、シスターと、事務職員と。
里緒ちゃんにきいたら、
「ああ、あれはね」と、詳しく説明してくれた。

ブロッサムにはあまり大きくはないが雰囲気の素晴らしいチャペルがあり、礼拝をはじめとする学校行事に使用されている。そして、そのチャペルは卒業生に限り、挙式に使用することもできるのだ。

ブロッサムと桜咲は大変近しい関係ではあるのだが、設立母体などは全く異なるため、姉妹校とは言い難い。第一、桜咲には宗教色は全くない。それがお堅いカトリックのブロッサムと合同行事を持つ関係なのは、謎といえば謎なのであるが、その辺はおいといて。

「すごーい。学校で結婚式があるんだ〜。」
「まあね。とりあえず、ブロッサム乙女の夢、よね。」
「ふーん。里緒ちゃんも?」
「な、何を言うのよ、瑞稀くんってば!!」
あ、こういうあわてている里緒ちゃんなんて初めて見る。なんか楽しい。

ダンスの練習も今日はスムーズに展開し、次回は土曜の昼一番、と決まった。
「土曜日っていうと・・・」里緒ちゃんと、お友達の、えっと、朱奈ちゃんは目くばせしあっている。
あれ、普段ならここで「週末に練習?」なんて不服そうな顔になる子がいたりするんだけど・・・今日はちょっと違うみたい。
もう本番も近いから、かな。真剣に練習しなくちゃね。

土曜日、大急ぎでダンスの練習に向かったあたしを含めた女子パート組は体育館に向かう途中、気配がいつもと違うのに気づいた。人影がなんかまばらなのである。
その謎はチャペルの前を横切ったときすぐ解けた。チャペルの入り口の周辺にブロッサムの生徒達が鈴なりになっていたからだ。よく見ると、ブロッサムの生徒だけではなく、正装した外部の人間もそこには混じっている。
みんなが訳が分からずに突っ立っていると、カンナちゃんが集団の中から駆けだしてきて、説明してくれた。
「せっかく来ていただいたのに申し訳ありません。
 今日はチャペルでうちのOGの結婚式がありまして。
 皆、式が終わって花嫁が出てくるのを待っているんです。
 そんなこんなで練習の始まりが遅れるかも知れません。
 ごめんなさいね。」

「さすが女子校。そんなこともあるんだ。」はじめて聞いた、あたし以外の皆は感心している。
「今日お式を挙げられたカップルは、3回前の合同ダンスパーティのベストカップルだった方々なので、生徒達の盛り上がりもひとしお、なんです。」
「ってことは、花婿は桜咲OB!」
「すごーい。ジンクスって本当なんだ!」思わず言ってしまった。
「何そのジンクスって」すかさず中央君に訊かれる。
「ダンパのベストカップルに選ばれた二人は末永くシアワセに……っていうの」
「……」
「……僕たちには関係ない話だよな……」
「……確かに…」
なんだか重い空気が立ちこめる。言わなきゃよかった。しかし、その空気に全く染まらないもの一名。
「今の今まで投票なんてどうでもいいと思っていたんだけれど……そんなことがあるのならなんっとしてでも!!難波先輩とベストカップルを狙わなきゃ!!」
中央君は一人燃えている。
難波先輩のパートナーじゃないくせに、と皆は思ったけど、中央君にそれを言う度胸のある者はもちろん無かった。

程なく式を終えた花嫁達がチャペルから出てくる。
まさに花のよう、という形容がふさわしい笑顔の花嫁。
花嫁を祝福する学園生達の上気した表情。
あらかじめどこかに用意されていたらしい籠を手に取ると、花嫁は学園生達に花を配りはじめた。
皆お行儀よく並んで花をもらっている様子が、なんだかカワイイ。

そんな様子をぼんやりと眺めていると、どうも花婿の友人の一人らしい出席者があたし達に声をかけた。
「桜咲の制服、だよね。ダンパの打ち合わせ?何班?」
「え…えっと…」
「今日の二人は俺達の時のダンパのベストカップルだったって知ってる?
 どっちも予算担当の運営委員でね、当時は色気も何もない組み合わせだと皆思ったんだけれど……わからないもんだねえ。」
「あの…僕たち女子パート踊るんです」
「女子パート??……そりゃあお気の毒様、ってとこかな…
 そうか、少子化の影はこんな意外なところに忍び寄っていたんだなあ。」
か、カンケーあるんだろうか?
「……」皆答えにつまる。
まずいこと言ってしまったかなー、としっかり顔に出して、その人は
「ま、でも、がんばるんだよ。そのうちイイ事もあるさ。」
と言い残して、花婿の方に駆けていってしまった。
……全然励ましになっていないような気がする。

あたしとしては女子パートを踊るのは本当はイヤでない上、バイト料なんかも貰えたりする、なかなかおいしいポジションなのだが、他のメンバーは違う。
そりゃ、他のみんなにもバイト料はでるけれど。
それから、どうやら中央君は別みたいだけれど。
でも、桜咲にいる間に一度しかないはずのダンパに、こんな形で参加しなくちゃならないなんて、きっと嬉しくないに決まっている。
もしかしたらひばり様に提案されたとき異を唱えるべきだったかも……と、バイト料に目がくらんだ自分の行動を後悔しては見るけれど、でも、今さらどうにもならない。
せめて、バイト料は高くふっかけなきゃ、などと新たな決心に燃えるのだった。
ついでに、ふと河内森に尋ねてみた。
「…あのさ、女子パートなんてイヤじゃなかった?せっかく女の子と知りあいになれるのに。」
「うーん、でも女の子だったらお弟子さんに山盛りいるから…」ああ、そうか。ちょっとだけ気が楽になった。他のみんなもそれぞれに納得してくれているのならいいんだけれど。

さて。
その日の練習は、女の子達が皆浮き足立っていたせいなのか、何というか妙にチェックが甘く、とてもスムーズに進行してしまったのだった。
これは、毎週結婚式があっても嬉しいかも。いやマジで。

予定よりずっと早く帰れた帰り道、花嫁に配られた花を大事そうに持って帰るブロッサムの子たちをたくさん見た。
「アレはもらうと自分も幸せな花嫁になれるって言うことになっているの。」
そういう里緒ちゃんだって紙袋の底にはしっかり件のお花が入っている。
じっと見てしまったら、慌てて、顔の前に手をひらひらさせて言った。
「べ、別に結婚願望なんかないわよ。でも、綺麗だし。」
……やっぱり里緒ちゃんカワイイ。なんか意外な一面を見てしまったな。

さあ、桜咲に帰ったらどんな風に今日のことを話そうか。
なんだかすっごく佐野に話したい。
「……つまらん。」って言うかもしれないけれどね。っていうか、きっと言うだろうけどね。

そうそう、里緒ちゃんが言ってた。ブロッサムのチャペルで式を挙げることを、学園生は「凱旋」って言うんだって。凱旋、か。
だから花嫁さんは可憐なだけじゃなくて、むしろ誇らしげだったんだね。
いつの日か、自分も、ちゃんと女の子に戻って、あんな風に輝く日が来るのだろうか。
今はまだ、全然未来が見えないけれど。

「ただいま!あのねぇ佐野、今日ね……」

(おしまい)


やたらとたくさん人物がでてくるのに、なーんにも内容のないお話ですみません。
あけくまさんのご結婚お祝いと言うことで、花嫁さんのでてくる話にしたかったんです。
そーすると気がつけば説明だけのお話になってしまったというわけです(滝汗)。

私は大抵一番最初にタイトルを付けるのですが、
このときもタイトルはすぐにできたのに、その先が長かった……
こんな変なお祝いを押しつけられたあけくまさんがお気の毒って言うか…ごめんね。


ちるだ舎に戻る