キリ番おまけというか前菜
この作品は、18000番目の迷子・奈菜さまに捧げます。

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佐野泉は、このところ、どんな風に部屋に帰ればいいかわからない。
普通に、普通に。そう意識してしまうと、とたんに普通さの輪郭はぼやけ遠ざかる。
今日も彼は無意識に息を止めて扉を開けた。

ルームメイトはまだ帰っていないようだ。なぜかその事にほっとしている自分が少しばかり情け無い。

ずっと、気にしあってきた。その心地いい均衡が崩せないまま、約500日。
芦屋瑞稀の差し出したひと包みのチョコレートが二人の関係を甘くとかした。少なくとも、あの時はそう思ったのだった。

お互いの想いはそれで成就したはずなのに、いったいどんな糸が絡まってしまっているのか、瑞稀はそれ以来これまで以上によそよそしい。佐野は佐野で一旦熱が上がってしまっているせいか今の状態を冷静に分析できない。
それでももう既に長く待ってしまった実績が、スピードを上げようとする衝動にブレーキを掛けている、というのが実際のところ。
時間が解決してくれるような気もするが、待ちきれる自信はない。

お互いの想いの深さなど覗けはしないし、比べるものではないと知っているけれど、勝ち負けで言うなら七三で自分は負けている気がする。こんな風になんだか腰が引けているところなど特に。

ふと、机の引き出しの底からチョコレートを一粒取り出す。
元来甘いものが得意でないから、ではなく、無くなってしまうのが惜しいので、記念すべき贈り物はその場所に注意深く匿されているのだった。

口に入れると甘ったるく溶け、それでいてほろ苦い。恋のようだ、と一瞬考えた佐野は、そのあまりにも自分に不似合いなセンチメントを振り切るように、中のアーモンドを音を立ててがりりと噛んだのだった。


おそろしく長い間お待たせしている奈菜さんのキリ番(18000番)ですが、やっと本編が上がりつつあるので、その前におまけを先に。
とても短いのでおまけというのもはばかられる気がしますが。

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