音楽になる夢


サルーンにも、サルーンの続きにある図書室にも、たくさん本がある。だけれど、サルーンの本棚は少し変だった。
見かけを重視しているのだろう、内容ではなくて大きさと色合いで本が分類されて並べられているのだ。だからなにやら難しい専門書と明らかに幼い子供向けの絵本が隣り合っていたりする。特に最上段はサイズの小さな本ばかりなので、外出時に携帯する用途のものも多くあった。

「聖唱歌集があるわ。踊り場の女王陛下といい、教団の熱心な信者が住人にいたのね」
どれどれ、と珍しく興味を示したヒュウガさんに、深緑の表紙の小さな本を手渡す。
「教会に持って行くための歌集だな。これは一般信者用のものとは少し異なるように見える」
ぱらぱらとめくっては首をかしげる。
ニクスさんが助け船を出した。
「ずいぶん古いもののようですから、現在出回っているものとは内容が多少違うのではありませんか」
「確かにそれもあるのだろうが…」と巻頭巻末の数ページを丁寧に見直したヒュウガさんは、数分後「ああなるほど。やっとわかった」と説明してくれた。
「ここの住人のひとりは、どこかの教会の聖歌隊もしくは音楽隊のかなり重要なメンバーだったようだ。 あるいはもしかしたら子ども聖歌隊の指導者あたりだろうか。
 この聖唱歌集は礼拝でどの曲を歌うか選ぶためのものなのだ」

「そういえばメルローズでは初等部の高学年になると自動的にリースのこども聖歌隊のメンバーになるの。私も子ども聖唱歌集から何曲か歌った覚えがあるわ。といっても出番は新年の礼拝だけだったけれど」
「あの学校と教団自体には特に関係がありませんが、理事会のメンバーにリースの教区の信者総代がいるんですよ」
長年いた学校だけれど、そんな事情は全然知らなかったわ!

「ということは、聖唱歌の大きなサイズの楽譜もありそうですね。音楽室が別にあるのかしら」
「礼拝堂とまでは行かなくても礼拝室もある可能性が出てきたな」

「ニクスさんのお部屋のピアノはここにあったものですか?」
「いいえ。残念ながら、あれは元々私の、といいますか、私の母のものだったのですよ」
「じゃあ運ぶのたいへんだったでしょうね」
「確かに、ここへの引っ越しで一番大がかりだったのはピアノの引っ越しでしたね」

「その頃ニクスと知り合いでなかったのが残念だよ。手伝ってあげられたのに」
一体どのあたりから聞いていたのか、ジェイドさんが焼きたてのマフィンが乗ったトレーを提げて台所からやってきた。

「わ、おいしそう!」
以降会話はもちろん焼きたてマフィンと美味しいお茶をいただきながらになるのだ。

お茶のおかわりを勧めながら、ニクスさんが感慨深げに言う。
「居抜きで買ったとはいえ、よく時間を過ごすサルーンの本棚の中身ぐらいはだいたい把握していたつもりだったのですが、探し方によっては思いがけないものと出会えるのですね。ああ、一冊のこんな小さな本から、いろいろ夢がふくらむものですね。
それで思いついたのですが。闇雲な探索もそれはそれで面白いですが、一つ私が皆さんにお題を出すのはいかがでしょう。
この屋敷の中にある楽器を探してきたら、その数ごとに得点がついて、最優秀者にはご褒美ということで。そうですね、今から十日間ぐらいでいかがですか」
「褒美にもよるな」レインはあまり興味がなさそうだ。
「それは、お楽しみです。決して失望はさせませんよ」
ニクスさんの笑みは、こんなときいつも自信に溢れている。

「ピアノなんかは大きいからすぐ見つかりそうだけれど、笛とかになると見つけにくいかな」
ジェイドさんはかなり乗り気なようだ。
「音楽室が本当にあったなら、発見者は一挙に一位だ」
レインは音楽室を探すつもりなのね。
「ともかく十日間平和な日々が続くことを祈るばかりだな」
流石もと教団関係者のコメント。

今、ここアルカディアはとうてい平和とは言えない。だからこそ、陽だまり邸での暮らしは、日常の一つ一つに祈りが込められている。それは今のようにふとしたときに浮かび上がってきて、改めて私たちに決意を問うのだ。

「楽器がたくさん見つかったら、音楽会を開きましょうね」
私は努めて明るい調子で言う。
「それは楽しみですね」
「げ。オレも楽器を弾くのか?」
「当然です。だから皆さんは楽器を探すと同時に演奏する心づもりもしておかねばなりませんよ」
「扱ったことのある楽器が出てくることを祈るしかないな」
「へえ、レインはどんな楽器を扱ったことがあるんだい?」
それは私もとても興味があるのだけれど、レインは曖昧に笑うだけだ。
「ところで見つけたものが楽器だと気づかなかった場合はどっちのポイントになるんだ?発見者か楽器だと気づいた者か」

それでもなんだかんだ言ってみんな参加する気なのが嬉しい。
「もちろん両方ですよ、ね、ニクスさん」
といえば、柔らかい笑みが返ってくるのだった。


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