探検のはじまり


陽だまり邸で暮らし始めてしばらく経った。
改めて、この屋敷は本当に広い、と思う。
自分がよく知っていると言えるのは、サルーンとキッチンと食堂と自室だけだ。
それ以外の場所も、別に立ち入り禁止というわけではないはずだけれど、なんとなく勝手にうろうろしてはいけないのでは、という気持ちがある。
―そんな話がサルーンでの雑談で出た。皆考えていることは同じなんだな。

ニクスさんは、
「どこにでも入って下さって結構ですよ。実は私も入ったことのない場所が大半なのです。必要のない場所にはわざわざ入りませんしね。古い家ですし、以前の住人が何をしていた人なのかも正直よく知りません。だから隠し部屋や隠し扉、隠し階段のたぐいが無いとも限りません。なにぶん、居抜きで買ったものですから、どこかの引き出しや天井裏や床下に思いがけないものがあるかも知れませんね」
なんて言う。
とりあえず面白がっているのは確かだ。

というわけで、ニクスさんが許可してくれたので、空き時間に屋敷の中を探検することになった。



「探検の助けになるかと思って、見取り図を作ってみたんだ」
全員が揃ったお茶の時間、ジェイドさんが手に持った紙を広げる。
「レインにもチェックしてもらったから、正確だと思うよ」
レインも頷く。
「すごいわ」
私は拍手を送る。

「これを貼っておくから、探検した人は結果を皆が揃ったときに報告するのはどうかな」
「誰がどの部屋のどこを調べたかを書き込むのね」
「おやおや、ずいぶん本格的ですね」
とニクスさんはにこにこしている。
「この陽だまり邸のことがよくわかるようになるのは喜ばしいことです。ただ、ありもしない隠し扉を探して壁を壊すなんて事だけは避けてくださいね」

全員ここで大笑い、となる予定だったのだと思う。私もジェイドさんもレインもそこで笑ってしまったから。
でもヒュウガさんだけは、にこりともしなかったのだ。そりゃあ、元々口数の少ない人だけれど。

「ヒュウガ、どうした」
レインに声をかけられても、しばらく虚空をにらんでいたけれど、やがて目を閉じて首を振ると、ひとこと。

「昔、子どもの頃、聖都でちょっと」
それきり押し黙る。聖都でちょっと、なんなのよ!
ニクスさんが助け船を出す。
「聖都は平面的にも立体的にも、慣れない者にとっては迷路としか思えないと聞き及んでいますが」
「そうだ。そして実際、隠し部屋や隠し階段などがあちこちにある」
ジェイドさんがにこにことして尋ねる。
「ヒュウガは小さい頃から聖都で育ったんだよね。じゃあ、隠し部屋の入り口を壊してしまったりうっかり隠し部屋に入り込んで出られなくて遭難したり、ニクスが言ったように隠し扉を探そうと壁を壊したりなんてこともあったのかな」
「あはは、子どもならあるかもな。だがヒュウガだぞ?」
ありえない、と言いたげにレインがジェイドさんを遮ったけれど、当のヒュウガさんは立ち上がりながらぼそりと一言。
「全部」

そのまま部屋に戻ってしまったので詳細はなにひとつ聞けなかったが、残されたメンバーは無言で互いの顔を見合わせるのだった。


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