祝福された場所


ヒュウガさんが出かけるときには持っていなかったはずの大ぶりな袋を携えて陽だまり邸に戻ってきた。依頼の帰り道に骨董市に寄ったらしい。たまたまそのときサルーンに揃っていた皆の好奇心に満ちた目に勝てなかったのか、自分の部屋でなくサルーンでその荷物を開いて見せてくれた。中身は掛け軸や小さな陶器などの東方の美術工芸品が数点で、他にシンプルな額縁があった。

「踊り場の女王の絵にどうかと思ったのだが」とニクスさんに向かって言うと、ニクスさんが
「確かにあの額縁は少し傷んできているので、機会があれば修理に出したいと思っていたのです。早速換えてみましょう」
と答えたので、二人は踊り場に急行した。なんというか、さすがのフットワークだわ。

ニクスさんが女王の絵をいったん外してみたとき、ヒュウガさんが声を上げた。
「これは…!」

珍しいヒュウガさんの驚いた声に、サルーンでくつろいでいた他のメンバーの視線が集まる。
女王の絵がかかっていた場所には、灰色の染みのようなものが見えた。
ニクスさんはよく見ようと顔を壁に近づけ、ジェイドさんも階段を上ってゆき、レインも面倒そうに立ち上がってそれに従った。みんなは絵のあった場所とその周辺を丹念に調べている。

「…これはどうもここに描かれている訳ではないようですね」
「ああ。おそらく、銀樹の葉を塗り込めてある」
「銀樹の葉…こんな身近に標本があったのか」
「とても珍しいもののようだね。どれどれ…うん、たしかに絵じゃないけれど」
「本当の銀樹の葉かどうかを知る方法はないものでしょうか」
「悪いがオレには本物の見本がない限り無理だ。ヒュウガは本物を見たことがあるのか」
「ああ。少なくとも見かけだけはそっくりに見える」

皆が踊り場に集まってああでもないこうでもないと話すのを、私はサルーンから見上げていた。
彼らはなんて知的好奇心が旺盛でしかもエネルギッシュなんだろう、と改めて感心する。オーブハンターの活動が順調なのは、それぞれの資質に負うところが大きい。そんな突出した資質の持ち主が4人も揃うこの場所が、あらかじめ祝福された空間であるのは当然のように思えた。

小半時後、ようやく気が済んだのか、皆は再びサルーンに集まってニクスさんの淹れたお茶を飲んでいた。
どういう議論を経たのか、皆の間では壁のそれは本物の銀樹の葉だということがいつの間にか確定している。

「銀樹の葉がずっと昔からこの屋敷にあったなんて、なにか運命を感じます」
と私が感想をいうと、
「絵を外すことがない限り気がつかなかったはずだと思うと、余計にね」
とジェイドさんが嬉しそうに付け足した。

ヒュウガさんはレインから銀樹の葉の流出過程についての意見を求められている。もしかするとレインは合法的に標本を得る算段をしているのかもしれない。


「この絵が気に入って屋敷を買ったようなものでしたが、絵の下にこそ真に私を引きつけるものがあったとは。そんなことには、居抜きでこの屋敷を買って以来今日のこの日まで、ついぞ気がつきませんでしたよ」
ニクスさんはうっとりとした調子で言いながら、皆にお茶のおかわりを供すべく、立ち上がったのだった。


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