まずはイニシャルAから


陽だまり邸の食堂には壁際に大きな飾り戸棚があり、すばらしい食器が並べられている。陶器や磁器、銀器のほか、東方の漆器までも。腰より低い部分は、引き出しと木の扉のついた物入れとなっている。

私はかねてから戸棚の上に載った小ぶりの行李が気になっていた。
ニクスさんから屋敷中の探索の許しが出たとき、真っ先に浮かんだのはそれだったので、是非中身を確かめたいと、ジェイドさんを誘ったのだった。

「これを取るの?」
「ええ、そうです。もし中身が食器とかなら見かけ以上に重いでしょうから気をつけてくださいね」
「わかった。……え?なんだかものすごく軽いよ。拍子抜けするほど」

それでもジェイドさんは行李をひどく慎重にダイニングテーブルに置いた。
そっと両手で行李の蓋を取る。

中には小さな正方形の布がぎっしり詰まっていた。
どれも同じ大きさで、縦3列に並んでいる。

「この大きさから見てコースターかな。何枚ぐらいあるかしら?200枚ぐらい?」
「そうだね、近いな。203枚、だからピッタリ賞とはいかないけれど」

ぎっちり並べ詰め込まれているそれは、試しに一枚だけ取ってみるということが難しい。
「全部見てしまいましょうか」
「いいね」

ごっそり抜き取った数センチ分を並べる。
どれにも刺繍が施され、きちんと仕立てられて糊付けされている。図案はさまざまで、何枚か揃いのものもあるようだ。
「そういえばメルローズの初等部でも刺繍の練習用にコースターを作りましたよ」
「ふふふ、一生懸命刺繍の練習をする小さい君の様子が目に浮かぶようだよ」
「あれって時間がかかる割にはちっとも進まなくって、中盤からはなんだか情けなくなってくるんですよ。でもあと少し、と思えてからはすいすい進むんです。不思議だったわ」
「君はどんな図案を刺繍したの?」
「頭文字ですよ。青いアンジェリークのAの字に白とピンクのお花が咲いているんです」
「かわいいなあ。同じようなのもあるかもしれないね」
「そうですね。…このあたりのひとそろいは頭文字のものみたい。私が作ったのとは少し字体が違うみたいだけれど、だいたいこんな感じでしたよ」
「皆の頭文字の分をさがしてみようか」
「あるかしら?」
結局、すべての文字が揃っているわけではなかった。かと思うと色違いで複数枚あるものもあった。
「ここに以前住んでいた人たちのことが何となく想像できますね」
「いいヒントになるね」

初っぱなから大鉱脈に当たってしまった私たちは、当分のあいだ食堂ばかり調べることになりそうだ。

その日の夕食時にそのコースター達はお披露目された。
「こんなすばらしいものがこんな近くに眠っていたのですね。なにぶん私もここを居抜きで買ったものですから、今初めて知ったのですよ」
ニクスさんが予想外に嬉しそうだったので、探し出した私もちょっぴり誇らしい気持ちになったのだった。


カルディナン・プレスへ