「名前にこめられる意味」 by YUKI KITAMURA さま


「名前?」
「はい」
「あー、名前なんてどうでもええのんや。あんたの好きな名前で呼んでたってや」
そう言ってあの人は大きな声で屈託なく笑ったの。


☆☆☆☆☆☆☆


私の名前はアンジェリーク・コレット。
どこにでもいるような普通の17歳の女子高生。
趣味はお友だちとおしゃべりすること。みんなの楽しい話を聞いたりするのが大好き。
好きな食べ物はレアチーズケーキ。好きな飲み物はふわふわマシュマロの入ったココア。でもダイエットに気を付けなくっちゃ。好きな色は白とピンク。悩みといえばママが猫アレルギーでペットが飼えないことぐらい?

そんな私なのに、あるとき大事件が起きてしまったの。
いつものように友だちとおしゃべりしながら歩いていたら空から何ともいえないかわいい動物が降りてきたの。とってもゆっくり。まるで、見えない風船に包まれているみたいにゆっくりと。
その子は猫みたいなうさぎみたいな、とにかく見たことない動物だった。色はピンク。
濡れた目で私を見上げて首をかしげた。
そして、その日家に帰ったら、聖地からお使いの人が来ていた。

黒いスーツに黒いサングラスをかけたその人たちは私を見ると丁寧にお辞儀をして、でも、逆らうことは許されないような重苦しい声音で私に聖地に来るように告げた。
パパは笑顔で頷いたけど、ママは少し表情が強張っていた。
私には首を縦にふること以外何もできなかったのを今でも憶えてる。

家を出る日、ママは、
「いつ帰ってくるの?」
と、尋ねた。
私には分からなかった。だから、
「分からないけど、きっと直ぐだと思うの」
と、答えた。そうしたらパパが、
「アンジェリーク、これはとても名誉なことだ。家のことは何も心配要らない。だが、辛くなったらいつでも帰ってきなさい。ママもパパもいつでも待っているよ。お前をいつまでも愛している」
と、言って、私を抱きしめた。
ママともしっかり抱き合った。そのときまで私はちょっと行ってくるぐらいのつもりだったんだけれど、ママと抱き合っているうちに何だか泣けてきた。
「ママ…」

そうやって私はここ、聖地に来た。


☆☆☆☆☆☆☆


「ネエネエ、アンジェリーク、知ってる?」
朝食の席で突然レイチェルが尋ねてきた。
「え?」
「ダ・カ・ラっ。公園に来ている変な商人のコトよ」
「え?ううん…」
「そうなんだ。アンタのコトだから知らないと思ったけど。最近毎週日の曜日に公園に出店出してる人がいるのよ。それが一見変な人で変なモノばっかり売ってんだけど、ケッコウ掘り出しモノもあるのよね。この辺ってショップとか全然ないじゃない。ま、アンタも行ってみたら?ホンット、ココ(聖地)って 何にもないよネー」
「ありがとう、レイチェル」

私はレイチェルに勧められるまま、公園に行ってみた。

「ヤッホー!!お嬢さん!今日も仰山掘り出しモンがあるでえ〜。よろしゅう頼んまんがなあ〜」
初対面の私にその人は明るい笑顔で話しかけてきた。
確かに変な人。
緑の長い髪を後ろで束ねていて、申し訳程度の黒い小さな眼鏡。ラフな格好。ここ、聖地はみんな正装の人ばかりでこんなふうな普段着の人はこれまで一人も見かけなかった。言葉遣いも可笑しくてテレビで見る漫才師の人たちみたい。言ってることもとても笑えちゃうし。
「これ、売り物なんですか」
人見知りするところがある私も気が付いたら笑顔で話してた。
売ってる物もなんか可笑しかった。だって、ミネラルウオーターとかは分かるけど、豆の缶詰めなんて一体誰が食べるのかしら。
「この馬の置き物、何かお土産屋さんにあるヤツみたいですね」
「そやろ?何処にでも一山いくらってヤツによう似とるやろ。でも、そんなのと一緒にしたらあかん。この馬は何たって極上檜で作られとるんやからな」
「へ…え」
正直、一山いくらの熊の木彫りとこの馬の置き物の違いは私には分からなかった。
それでもひとしきりこの人と話して、別れ際に結局何も買わなかった私にその人は飴を一つくれた。
「お近づきの印や。今後ともご贔屓に」
そして、その日はその人と別れた。


☆☆☆☆☆☆☆


「このイルカの置き物可愛いですね」
私はいつのまにかこの人と親しく会話を交わすのが息抜きになっていた。
平日には店を出していないらしくて、日の曜日が少し楽しみになっていた。
レイチェルの話によると、ここで売っている物を守護聖さまや教官のかたにプレゼントすることもあるのだそうだ。事実レイチェルとは何度か一緒に来たことがある。彼女は買い物をすると、「ジャーネー」と、守護聖さまとのデートに出かけていく。でも、私はそのまま商人さんと話していることが多い。
「あんさんは行かんでもええの?」
尋かれることもあるが、
「いいえ。特に約束はしてないし、それに、何だか守護聖さまと話してると私は緊張してしまうことが多くて上手に話せないんです」
「へーえ。ほんま」
頷きながら、彼は何やら閃いたらしくて、
「そうそう!そういえばそんなあんさんにピッタリの品物があるんやで?」
と、ガサガサいいながら包みをひとつ出した。
その包みを開けると、中から出てきたのはちょっとピンクの地にマーガレットの花をあしらった素敵なノート。
「どや。これ。素敵なノートやろ。真面目なあんたにピッタシや」
満面の笑顔で言う彼。私も思わず笑顔になり、
「ありがとうございます!おいくらですか?」
と、尋ねた。
「ああ、ええんや。お代は勉強させてもろてるからなあ」
「で、でも」
パタパタと手を振る商人さんに私は悪い気がした。
「ほんまにええんや」
そう言って私の手にノートと飴を握らせた。
「毎度どうも。これはサービスや。これからもご贔屓に」
「ありがとう…、ございます」
お礼を言おうとした私は、不図あることに気付いた。
「そういえば、私、商人さんの名前を未だ知らなかった気がします。私はアンジェリークって言います。商人さんはお名前、なんて仰るんですか」
しかし、私の問いに彼は笑顔を一切崩さず、
「あー、名前なんてどうでもええのんや。あんたの好きな名前で呼んでたってや」
と、いともあっさり断った。
「……………………え、…………そう…………ですか………」
私は、ちょっと、いや、可成りショックだった。


☆☆☆☆☆☆☆


「名前?」
「うん」
食堂でレイチェルと向かい合っている。
「そう言われてみれば聞いていなかったヨウナ」
「そうでしょう」
私は、身を乗り出した。
「でも、別にイイんじゃない?名前なんて。だって、お店やさんの名前なんてイチイチ聞かないよ。フツウ。お兄さん、で、イイじゃない」
レイチェルの言ってることは尤もだ。確かにこれまでだってお気に入りのアイスクリーム屋さんのお兄さんも、クレープ屋さんのおばさんも、アクセサリー屋さんのお姉さんも、雑貨屋のご夫婦も、誰に対しても名前なんて聞いてない。
「でも、なんて言うか、その…何かが違うような気がして…」
「何が?」
少し、赤くなりながら言う私に、レイチェルはきょとんとした顔をしている。
確かに自分でも上手く説明できないんだけど……。

それでも私は変わらずに日の曜日になると公園に行った。
「よお!アンジェリーク!!元気してたか」
変わらない満面の笑みで挨拶をしてくれる商人さん。
なんか、自分ばっかり私を名前で呼んで、なんかずるい気がする……。


☆☆☆☆☆☆☆


「へえ。アンジェリークはお母はんと仲良しなんやなあ」
「ええ、まあ。普通だと思いますけど…」
少し赤くなる。
あるとき、私たちは商人さんの出店の近くにあるベンチに並んで座って話していた。
「そうなん?俺なんかお袋と買い物に行くなんて全っ然経験ないわ。俺のお袋えっろう忙しい人やってん。いっつも家におらんかったなあ」
「そうなんですか?」
「ああ。まあウチは昔ッから商売してたからなあ。人はゴチャゴチャいっぱいおったけど、親はいなかったなあ」
「すみません。私変なこと言っちゃって」
「何が変なコトあるかい?自分の親のコト話するのに悪いコトなんてないやろ」
そう言って彼は素敵に笑って私の肩に手をおいた。
「ありがとうございます」
私も微笑った。
ママのことを聞いてもらえて嬉しかった。いい人なんだわ。

「おや?」
二人でさらにいろいろと話しているとき、
「あれ、もう一人の女王候補のお嬢ちゃんとエルンストさんやあらへん?」
私は、彼の指さす方向を見る。
彼の言う通り、レイチェルと王立研究院の主任研究員のエルンストさんが並んで歩いていた。
「デートやろか。きっとそうだろうなあ」
「へえ…」
「どうしたん?鳩が豆鉄砲くらったような顔して」
「え!?」
私は真っ赤になって商人さんのほうを見た。
「いやあすまんすまん。でも、あの二人がデートするなんて、そんなに意外?」
「意外って訳じゃあ…。でも……」
私は言い淀んで二人を見た。
レイチェルが何事か言ってから、大きく笑ってエルンストさんの肩をパシッと叩く。
エルンストさんは少し照れたように眼鏡を上げている。
「レイチェルってやっぱり凄いなあって思って」
「凄い?」
商人さんがおうむ返しに尋ねてくる。
「はい。だって…、あんな気難しい人にあんなに楽しそうに話しかけられるなんて…。
私にはとっても無理です」
溜息混じりに言う。
「おいおい。おもろいコト言うなあ。あんた」
苦笑しながら私を見る商人さんを私も見返した。
「え?」
「そやろ。だって、互いに憎からず思うからデートするんやないんか?憎からず思うとる相手となら楽しそうにでけるんちゃう?」
「あ。そうか」
気付いてから私も苦笑した。
「私、自分がああいうふうに出来ないからって。なんだか可笑しいですね」
「そういうコトや」
ハハハ、と、商人さんが笑う。私もつられるようにフフフ、と、笑った。
商人さんはそんな私を見てから、
「なあ」
と、それまで私の肩においていた手を外した。そして、
「俺たちも、…デートせえへん?」
と、少し言いにくそうに言った。
「え?」
私は笑顔の口の形のまま、商人さんを見た。彼は少しだけ赤い顔をして頬を人さし指で掻いている。
「なんか、いっつも店番につきあわせてしまってるからって訳やないんやけど、若し、あんたさえよかったら来週の土の曜日、この公園で」
「土の曜日はアルフォンシアの様子を見に行かないと…」
「それが終わってからでええねん!」
少し、躊躇いがちに言う私に、珍しく彼は食い下がった。
私はフフ、と、笑ってから、
「はい」
と、返事をした。
「ええのんか?」
彼はちょっと信じられないといった表情をする。
「はい」
私はもう一度頷いた。
「そっか!やったあ!!」
彼は上を向いて万歳をした。


☆☆☆☆☆☆☆


初めてのデートは楽しかった。

公園で待ち合わせして散歩して、カフェテリアでお茶を飲みながらお喋りして。

商人さんの話はとても楽しくて、私はお腹が痛くなる程笑ってしまった。
聖地に来てからこんなに笑ったなんて初めてだった。

ううん。商人さんの前ではいつも笑ってるかもしれない。商人さんは見た目よりもずっと優しくて私に対してすごく気を遣ってくれてるのがよく分かる。

だけど、寮に戻ってきたとき、私は物足りなさを感じていた。
それは、彼の名前を知らないからだった。
「アンジェリーク」と、私の名前を嬉しそうに呼ぶ彼。でも、私は「商人さん」としか呼べない。どうして名前を教えてくれないんだろう。でも聞けなかった。もう一度拒絶されるのが怖かったから……。


☆☆☆☆☆☆☆


それ以来、私は土の曜日毎に商人さんとデートをした。
日の曜日には二人で店番をした。
この聖地で唯一飾らずに話せる男の人に、私はどんどん惹かれていった。


☆☆☆☆☆☆☆


ある日の曜日、私はいつもの時間より遅れてしまった。
出がけに突然セイランさまが現れた。
「どうだい?この穏やかな日常をたまには僕と過ごしてみないかい?」
でも、私はこの誘いを断ってしまった。あんな綺麗な顔の人に思いっきり睨まれるのは、結構つらい経験だった。

「はーい!!いらっしゃいっ!歯ブラシからジュエリーまで、なんでも揃いますよー!
お暇なかたはもちろん!お急ぎのかたも寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!!」

あれ?
いつもと違う人?

急いで人だかりのほうへ向かう。
そこにいたのはあの人と同じ笑顔の違う女(ひと)。

その場所に、なす術もなく立ち尽くす私に、その女の人は笑顔をむけた。
「いらっしゃいませ!仰山掘り出しモンありまっせ」
その笑顔がこの女(ひと)は悪い人ではないことを告げていた。
「あの、私、その…」
でも、なんて切り出したらいいのかわからない。
「私、あの、……いつもここにいる人は…」
やっとそれだけ言うことができた。
「いつも?…ああ。社長のこと?今日はどうしてもはずせない会議でねえ。すみませんねえ」
その女(ひと)は、そう言って笑った。
「社長って…、あの、いいえ。…私の言ってるのはもっと若い…」
「え?違うの?でもウチの社長も若いけどね」
この女(ひと)、悪い女(ひと)じゃなさそうだけど……。
その時だった。
「すばる〜。何しとんねん!」
と、聞き馴れた声が響いた。

「あ。社長」
私が声をあげるより早くその女(ひと)が振り向いた。
「「あ。社長」やあらへん。しっかりやっといたんやろな!」
商人さんからは私のことは陰になっているらしく、私がその女(ひと)の向こうにいることには気付かなかったようだ。商人さんは紙コップのコーヒーのようなものを持っていた。
「もっちろん!しっかり稼がせていただきましたよ」
すばると呼ばれた女性は悪びれず明るく答える。
「ほなご苦労さん。もう帰ってええで」
「ん。じゃあまた。ああ。社長」
「ん?」
すばると呼ばれたその女(ひと)はにやっと笑って、
「カノジョ、来てるよ」
と、私を肩越しに指さした。
「ブーーッッ!!」
盛大な音を発して、商人さんは飲みかけていたコーヒーを吐きだした。
「あーあ。きちゃないなあ」
すばるさんというその女(ひと)は肩をすくめた。
「すすすすすばる〜〜〜!」
商人さんは肩をわなわなと震わせている。もちろん私は真っ赤になっている。
「えー。だってそうでしょう。この子、社長がいないって言ったら泣きそうな顔してたよ。全く毎週何してんだか」
「いーからはよ帰りぃ!」
商人さんも真っ赤になっていた。


☆☆☆☆☆☆☆


「なあ。アンジェ。今日はあんたにプレゼントを持ってきたで」

その次の土の曜日、商人さんはいつものように屈託なく私に笑いかけた。

「そんな。…プレゼントだなんて。いつもいろいろくれるじゃないですか」
躊躇う私に、彼は、
「あれはあれや。あれは全部アンジェが欲しいいうたモンやろ?これは、俺が選んだんや。あんたにごっつう似合う思うてな」
そう言って差し出した小さな包み。
「わ…あ!」
それは、四葉のクローバーを象ったネックレス。銀のハートのような形の葉と、葉の付け根のところに緑色の小さな小さな宝石があしらわれていた。
私は商人さんを見上げると、
「とっても可愛い。…ありがとうございます!」
と、丁寧にお礼を言った。
「気に入ってくれたん?」
問う声は、ほんの少しだけ心配そうな雰囲気がまじっていた。
「はい。とっても」
大きく頷く私に、商人さんはほっとしたように笑った。

なのに、どうして名前は教えてくれないのだろう…。
でもきっと触れてはいけないんだ。きっと、もう一度名前を尋いてしまったら、もうこんなふうに二人で会うことはなくなってしまうに違いない。


☆☆☆☆☆☆☆


女王試験は終わりに近付いていた。
きっと商人さんのおかげだと思う。私はきっとかかるだろうと思っていたホームシックにもかからずに過ごすことができた。
彼がくれたネックレスは制服の襟の下にいつもつけていた。
アルフォンシアの成長はものすごく順調で私たちはとっても仲良しだった。

そしていよいよ私に運命の日が訪れたのだった。

「おめでとう。アンジェリーク」
「おめでとう!アンジェリーク!!」
ロザリアさまも、女王陛下までもが私を祝福してくれた。
「あなたがあまりに大人しいものだから守護聖たちも随分と心配しておりました。でも、あなたは本当に立派にやりとげたわ。アンジェリーク」
ロザリアさまがにっこりと笑って褒めてくださった。
「あなたのなかにある女王の資質がこちらにいらっしゃって目覚めたのね」
その、ロザリアさまの言葉に胸がドクンと鳴った。

ち…がう……。

私は。私は……。

胸がドキドキ鳴ってる。身体が震える感じがする。

「…どうしたの?アンジェリーク」
不意に女王陛下がお言葉をかけてくださる。
「あ、あの……」
でも、こんなこと言える訳ない。
「もしかしたら…」
女王陛下は心配そうなお顔をされた。
「今、会いたい人がいるんじゃないの?」
弾かれたように顔をあげる私。
「へ、陛下…!!」
「行ってきていいのよ。だって、今行かなかったらきっとずっと後悔するわ」
「陛下」
「ここはいいから。ねっ」
陛下はそう仰ってウインクなさる。

私は、何も言えず、ぺこりとお辞儀を一つすると謁見の間を駆け出した。


☆☆☆☆☆☆☆


走って、走って、公園まで一気に走った。

「はあっ、はあっ!」
呼吸を整えるよりも公園の中を走り回ってあの人を捜す。

いたっ!
いつも日の曜日に二人で座って話したベンチにあの人は一人で座っていた。
気の所為かしら。なんか寂しそう…。
私が目の前に立った所為で影になったからだろう。あの人は「あれ」と言って顔をあげた。そして、吃驚した顔をして、
「アンジェ…!」
と、私を呼んだ。
でも、私は走ってきた所為で呼吸が整わず、声が出なかった。代わりに涙がポロポロこぼれる。
「ど、どないしたん?アンジェ?」
彼は慌てて立ち上がる。でも、私はまだはあはあ言ってる。目を見開いて彼を見詰めた。それでもぼやけて、彼の顔がよく見えなかった。
「泣いてるんか?なんでや。…あんた、女王になったんやろ?なんで泣くんや。嬉し泣きか?」
そう言いながら、彼は私にハンカチを差し出した。でも、私が受け取らないから拭いてくれようとした。私は彼のその仕種に、顔を手で覆っていやいやをした。
「どないしたん?なあ…。あ。と、とにかく座り…」
すっかり狼狽えた彼は、私の肩を両手で持って、ベンチに座らせた。
「なあ。どないしたん?」
私の顔を覗き込んで心配そうに問う彼。
私は漸く言葉を絞りだした。
「どうし……!」
「うん?」
彼は優しく問いかける。
「どうして!!……名前…を……!?」
「アンジェ?」
彼は不思議そうな顔をした。
私は泣きながら彼に訴えた。
「どうして!?私はあなたの名前を呼ぶことができないんですか?このまま、女王になって、あなたを思い出すときに、なんて呼べばいいんですか?「商人さん」なんて嫌。嫌です………!」
「アンジェ…?」
「だって、そうじゃないですか。好きな人の名前も分からないなんて、そんなのみじめ過ぎます」
「好きって……、あんた」
「好きです。私、あなたが好き。だから、せめて名前を教えてください!」
彼は、吃驚したように私を見る。
それからほけっとしたふうにいろいろと考え……ていたと思うけど、
「ああ!」
と、ぽん、と、片方の掌をグーにしてもう一方のパーにした掌を叩いた。
「…………………へ……………?………」
思わず泣きやんで目をまんまるくする私。

と、突然彼はがばっと自分の膝に頭をつけた。
「すんません!!」
「…………あの………?」
だが、彼はそのままの姿勢。そして、再度、
「ほんっま!すまん!!」
と、謝った。

それから、少しだけ顔をあげると、溜息を吐いて、
「俺…、自分の名前が嫌いでな…。てか……俺の名前はプレミアがついとるから何や隠すのがクセになってしもて…」
と、しょんぼりと話し出した。
「昔からな。周りのモンは俺自身よりも俺の名前に価値をもつヤツらが多くてな。名前を名乗ると態度の変わるヤツが仰山おって。めんどくさいからすっかり名前を言わんクセがついてもうたんや。そのほうが他の人と上手く付き合えるから…」
それから、彼は申し訳なさそうに私を見て、
「でも、それがあんたを傷付けてしまったんやな。…俺も馬鹿や。あんたはそんなことに左右されるような子やないのにな。ほんま。すまん」
と、さらに謝った。
「そんな……。顔を上げてください」
私は彼の腕に手を添えた。
よかった。…嫌われていた訳じゃなかったんだわ。
腕に添えていた手を彼の両手が包む。
「あ…!」
私は真っ赤になった。彼は優しく微笑むと、
「ありがとう。こんな俺のこと好きになってくれて。…俺も、あんたが好きや。えっと…改めて自己紹介させてもらう。俺はチャーリーいうんや。チャーリー・ウオン」
と、言った。
私は再度目をまんまるくした。
彼がそう思うのは当然だった。ウオンといえば私だって知ってる。宇宙一の大商会だわ。
「でも、私が好きになったのはいつも笑顔で公園でお店出してるチャーリーさんです」
「アンジェ…」
ふわっとチャーリーさんの両腕が包み込むように私の背中に回される。チャーリーさんの胸はとってもあたたかかった。
大好き…、チャーリーさん。
私はそっと呟いた。


YUKI様のページで、キリ番を取りまくっていたすばるですが、このほどYUKI様がキリ番を廃して「リクエスト」制度を導入されたので、
まだあれもあれもYUKI様の文章で読みたい!!
とばかりにリクエストしたのがこの作品です。

リクエスト内容は、チャーコレで
”チャーリーさんと言えば、私は仲良くなり始めた頃、「好きな名前で呼んでいいよ」とか言われて、調子に乗って、ずいぶんとすっとこな名前をつけて遊んでいた記憶がございます。
でもよーく考えてみると、本当の名前を教えてもらえないっていうのは、何だか悲しい気がしますよねー。
特にしっかり者の温和ちゃんはそうなのでは?なーんて思ったり。
というわけで、
『温和ちゃんが、商人さんの本当の名前を教えてもらえるまでのほの甘な物語』をリクエストさせて下さいませm(_ _)m”
というもの。

ええ、ええ、もう、厚かましいかも、とか思いながらもリクエストした甲斐があったというものです。
このほどよい甘み。温和ちゃんのかわいさ。
YUKI様は、「チャーリーの言葉がおかしいかも」とおっしゃってましたが、関西言葉とも微妙に違う彼の言葉遣いがよく再現されているなあと関西人な私たちは感心してしまうのでした。

YUKI様、素敵なお話をどうもありがとうございました。

チャーリーさんに「すすすすすばる〜〜〜!」って呼ばれて、めっちゃシアワセ〜〜♪(すばる)



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