鋼の試練      by まゆ様



鋼城は上を下への大騒ぎだった。
王子が失踪したのだ。
”ジュリー”という謎の言葉を残して。


「王子は見つかったか?」
「ダーメ、姿形も見えやしない。ホーント、どこ行っちゃったんだろねェ」
「オスカーさまぁ、オリヴィエさまぁ、執権様がお呼びです。至急謁見の間に来るようにって」
「ああ、すぐ行く」
下級騎士のマルセルについて二人の騎士が謁見の間に入ると、そこには水色の髪の青年と、赤い髪の明らかに竜族と思われる青年がいた。
竜族の青年はまだその顔に少年の面影を残している。

「ヒュゥ! 竜使いじゃん! 初めて見たよ。キレイだねぇ」
「執権様もとうとう本腰を入れられたって訳だな」

「オスカー、オリヴィエ、紹介しますね。こちら、竜の谷のリュミエールさん。そして、こちらは火竜族のメルさん。王子の捜索に協力していただくことになったの。いろいろ教えてあげてね」


鋼の国は工業の国だ。
多くの工房を持ち、民のほとんどが職人という特殊な国である。
それ故、王を戴く国ではあったが、王は世襲制ではない。
通常は能力、特に技術の飛び抜けた子供を何人か選び、ゆっくりと教育を施してより適正のある者を王に据えるのだが、前王が病に倒れた為、急遽、王子を立てることになったのだ。
つまり、ゼフェル王子を。
その王子だが、三日前から姿が見えないのだ。
失踪一日目は気まぐれな王子がどこかへ出かけたのだろう程度に思われていた。
だが、二日目になってもどこにも見あたらず、誰も行き先を知らないということがわかり、城内はにわかに騒がしくなった。
こういう時の頼みの綱である教育係のジュリアスは、先週より二週間の有給休暇を取っており、来週初めにならないと戻らない。
王子の教育が終わり王として冠を戴く時までの中継ぎとして、執権職を拝命したアンジェリークは、その補佐官のロザリアと共にあらゆる手を尽くして王子の捜索に当たったが、ここに来て万策も尽き、とうとう〈竜の谷〉に王子捜しを頼むことにした。


〈竜の谷〉、どこの国にも属さず、高い山と海に囲まれた、人と竜族が共存する小さな邑。
人の子が生まれると、同性の竜がその子に付き、一生を共にする。
竜族の寿命は長く、人の子の一生を見届けて初めて一人前とされる。
竜族はその寿命の長さもあって、一生の内一人かせいぜい二人しか子供を持たないが、希に人の子と同じ日、同じ時間に生まれることがあった。
不思議なことにその子らは全て同性で、特別なパートナーとして育ち、特別な職に就くのが決まりとなっている。
〈竜と竜の乗り手〉。
同じ日、同じ時間に生まれた竜と人は小さい頃から寝食を共にし、訓練を共に受け、勇敢で有能な傭兵として各地に送り込まれる。
しかし、はじめから傭兵として戦いに赴くことはない。
一通り訓練の終わった竜と人は、まず、人捜しなど、危険の少ない仕事を請け負い、互いの連携を深めていく。
ある程度の経験を積み、配偶者を得て、それから実戦にかり出されるのだ。


赤い髪の〈竜〉メルと、水色の髪の〈竜の乗り手〉リュミエールは今回が初仕事だった。
竜の谷に王子捜しの依頼が来たとき、谷の長は丁度訓練を終えたばかりの二人にこの仕事を回した。

「ねぇ、リュミエール、どうして王子さまはいなくなっちゃったんだろうね。こんなに心配してくれる人がいっぱいいるのに」
メルが小声で話しかけた。
「メル、それがわからないから私達が呼ばれたのでしょう? この方達の期待に背かないよう、王子を捜し出すのが私達の務め。頑張りましょうね」
リュミエールは少し困ったように微笑みながらもキッパリと言った。
「うん、そうだね。メルがんばるよ。何てったって初仕事だもんね」
「ええ」

「よぉ、竜使いさん、よろしく頼むぜ」
オスカーと呼ばれた赤毛の騎士が親しげに話しかける。
「〈竜使い〉ではありません。私は〈竜の乗り手〉であって、メルを使ったことなどありません」
水色の髪の〈竜の乗り手〉が少しむっとしたように答える。
「いいよ、リュミエール。メル、気にしないから。それより、騎士様達に王子さまのことを教えてもらわなくっちゃ」
「麗しきパートナーシップってヤツ? いいもんだねぇ。ハーイ、この美しき夢の騎士オリヴィエに何でも聞いて。王子のことでも、メイクのことでも、何なら人生相談にものっちゃうよ」
「え、えっと、王子さまのことだけでいいです・・・」
「なーんだ、そう? あんた達ならメイクも映えるって思うんだけどな。ま、今はいっか。じゃ、こっち来て。王子の部屋に案内するからさ」
一同はオリヴィエを先頭に城の奥へと消えていった。


■□■□■□■


「ったく、何だってオレがこんなことやんなきゃいけねーんだ?」
騒動の元凶であるゼフェル王子はもう何度も口にした言葉をまた吐き出していた。
足場の悪い岩山を登りだして今日で二日目だ。
疲れたら岩棚で休み、回復すれば登り出す。
いつ果てるとも知れぬ切り立った山肌を自分の力だけで登っていく。
何度も滑り落ちて服はボロボロ、あちこち切り傷だらけだ。
「ジュリアスのヤロー、今度会ったらタダじゃおかねーから覚悟してなってんだ!」

ことの起こりは一週間前のこと。
教育係のジュリアスがゼフェル王子の部屋を訪ねてこう言ったのだ。
「王子の技術力は申し分ない。しかし、王として人を束ねるにはまだまだ訓練が必要だ。しかし、我らには余り時間がない。それ故、王子には試練を受けてもらうことにした。こちらの箱から紙を一枚引くように」
「試練? どーしてオレがそんなモン・・・」
「このまま王になって民が付いてきてくれるなどと甘いことを考えているわけではあるまいな?」
「ンなことてめーに言われなくても・・・」
「ならば箱の中から紙を引き、試練を受けることだ」
「・・・わーった。引きゃーいいんだろ。ほいよ」
ゼフェルの引いた紙には”チャン・ターの試練”と書かれてあった。
「ふむ、”チャン・ター”だな。わかった手配しよう。王子、くれぐれも言っておくが、試練のことは内密にしておくのだぞ。誰かに知れてお節介な輩が手助けしないとも限らぬからな」
「はい、はい。で、いつ始めンだ?」
「準備が調い次第こちらから連絡する」
「りょーかい」
「ではな」


そして三日前の早朝、開け放した窓から飛び込んできた黒い影が落としていった包みを、寝ぼけ眼で取り上げたのが試練の始まりだった。
黒い影はジュリアスの鷹形お遣いロボットだった。
包みの中身は一枚の紙片と地図、路銀と食糧。
紙片には、


”寝たふりしてる間に出て行ってくれ”


ただそれだけが書かれてあった。
「あん? 何だ、こりゃ?」
よく見ると地図に×印がある。
つまりは、寝たふり(誰がだ?)している間に出て行って、地図の×印の所へ行けば良いのだろう。
ふと開いた窓を見ると、ジュリアスのお遣いロボットがまだそこにいて、コックリと舟をこいでいる。
「妙な機能付けやがって・・・。わーったよ、おめーが舟こいでる間に出てけってんだな」
ロボットは何とも答えない。
ゼフェルは軽く舌打ちすると、包みに着替えと愛用の工具を足し、ひとまとめにして肩にかけた。


指定の場所にはさしたる苦労もなく着いた。
しかし、これからどうすればよいのかわからない。
途方に暮れていると、どこからか黒い影が近づいてきて一枚の紙を落とす。


”港町 おいら渡り鳥”
”口笛であのドアを叩く”


「ったく、誰が渡り鳥だってーの」
ゼフェルは拾い上げた紙をくしゃっと丸め、あきれ顔で空を見上げて黒い影、つまりはジュリアスのお遣いロボットを探した。
しかし、黒い影は見あたらない。
仕方なく、取り敢えず口笛を吹いてみる。


「やぁ、お待たせ。君がゼフェル王子だね」
「・・・? 誰だ? おめー」
「俺はランディ。かの高名な魔法使い、クラヴィス様の一番弟子さ」
「はぁ?」
黒ずくめの服にとんがり帽子、黒いマントまで着込んで快活に笑うランディにゼフェルは思わず後ずさった。
『関わり合いにならない方がいい』
そんなゼフェルの思惑などお構いなしにランディは強引に腕を引っ張り、箒に跨らせようとした。
「さぁ、行こう。クラヴィス様が待ってらっしゃるんだ」
そう、ゼフェルが口笛を吹いて五分もしない内に、ランディはこの箒に乗って現れたのだ。
もの凄い低空飛行で。
「な、何なんだよ! オレはクラヴィスなんてヤツは知らねーし、そんなモンに乗る気もねーぜ」
「何を言ってるんだ? 君はチャン・ターの試練を受けているんだろ? だからここで口笛を吹いて俺を呼んだんじゃないか。とにかく、俺は君をクラヴィス様の所へ連れて行く。わかったらさっさと乗ってくれ」
試練のことを持ち出されては付いていくしかない。
ゼフェルはしぶしぶランディの後ろの跨った。
「じゃ、行くよ。振り落とされないようにしっかり捕まっててくれ」
ランディはそう言うが早いか箒を急に垂直上昇させ、猛スピードで飛び出した。
この自称魔法使いの弟子の辞書に”ほどほど”という言葉は無いらしい。


ビュンビュンと風を切る頬の冷たさ、風の圧力。
箒に捕まるのが精一杯だったゼフェルも、慣れるに連れこの新しい経験を楽しむようになっていた。
『いってーどーいったカラクリで動いてるんだ? 見たところモーターも何もねーみてーだけど』
工房育ちに魔法などといったシロモノが馴染みあるわけ無く、感心しながら飛び去る景色に目を奪われていた。
町を抜け、深い森に入ったと思った途端、ランディが箒を直角に倒し、地面に激突する手前で箒を起こして急停止した。
弾みで額をぶつけ、文句を言うゼフェルのことなどお構いなしに、手を引いて蔦の絡まる小屋の中に入っていく。


「・・・来たな」
暗い室内の奥で誰かの声がした。
「クラヴィス様、ゼフェル王子をお連れしました」
「ああ」
クラヴィスと呼ばれた黒ずくめの男は大儀そうに手を上げてゼフェルに椅子を示した。
座れと言うことなのだろう。
「鋼城は静かなものだ」
「?」
「見るか?」
クラヴィスの視線の先には水晶球があり、その表面に何やらぼんやりとした影が映っている。
よく見るとそこは見慣れた城の内部で、歩いている騎士の中には顔見知りの者もいた。
「だが、もうすぐ大騒ぎになる・・・」
「な、何だよ、コレ?! 何で城が見えるんだ? どーゆー仕組みになってんだ?」
「ははは、これは魔法だよ。王子は何も知らないんだな」
ランディに言われてむっとしたものの、魔法のことなどからきしわからないゼフェルは黙るしかない。
「お前は賢者に会わねばならぬ」
クラヴィスが顔を上げ、その紫色の瞳を真っ直ぐゼフェルに向けて言った。
「賢者?」
「山奥に隠棲していると聞くが、行けぬことはなかろう。麓まではランディに送らせる」
「はぁ?」
五分後、何が何だかわからないまま、ゼフェルは再びランディの後ろについて箒に跨り、猛スピードで飛んでいた。


「さぁ、着いた。俺の役目はここまでだ。後は君次第ってことだな。がんばれよ」
小一時間ほど飛び続け、切り立った山の麓に着いてランディが言った。
快適からは程遠かった箒の旅も、これで終わりかと思うと名残惜しい。
「ああ、世話になったな。その、マホーってのも悪くねーな。空は気持ちよかったぜ」
「ははは、やっぱりそう思うだろ? 風を切って空を飛ぶ時の気持ちよさったらないよな。君もクラヴィス様に弟子入りするかい?」
「い、いや」
「そうか、そうだよな。君は王子だもんな。立派な王になれよ。じゃな」
「ああ・・・・、って、おい! ちょっと待てよ。この山登れってか?」
「俺も良くは知らないんだ。でも、試練って言う位だから、登るんじゃないのかな」
「・・・試練、だもんな。わーった。引き留めて悪かった」
「いいさ。じゃ、がんばれよ」
言うが早いか、ランディの乗った箒は見る間に高度を上げ、あっという間に見えなくなった。
『あいつ、いつか事故りそーだな。ちったぁ加減ってモンをしないと・・・。ンなこと考えてる場合じゃねーな。とにかく、登れ、登れ、だ』


それから二日、まだ頂上は見えない。
そして三日目、毒づく元気もなく、山肌の僅かな手掛かりにしがみつき、身体を持ち上げていく作業を繰り返すだけ。
日が傾き、岩場で休むゼフェルに黒い影が迫り、何事かと薄目を開けて空を見ると黒い影が一枚の紙を残し飛び去っていく。
『ジュリアスのお遣いロボット・・・?』
疲れきって朦朧とした頭で紙に書かれた文字を読む。


”過去を脱ぎ捨て 昨日を脱ぎ捨て”
”すべてを脱ぎ捨てたら おいで”


『?』
全く意味がわからない。
それでもわかっていることがあった。
この山を登らなくてはならない。
あと少し、頂上まで。

頂上にたどり着いた頃にはすっかり日が落ちていた。
ぺたりと地面に座り込み、ぼんやりと前を見遣ると小さな灯りが見える。
そしてお馴染みの黒い影が一枚の紙を落としていく。
包みの中から懐中電灯を取り出し、文字を読む。


”未来を脱ぎ捨て 明日を脱ぎ捨て”
”すべてを脱ぎ捨てたら おいで”


『?』
やはり意味はわからない。
しかし、”おいで”というなら、行くべきだろう。
今は何も考えられない。
とにかく、行こう。


■□■□■□■


「どうするの?」
「そうですね、手掛かりが”ジュリー”という言葉ひとつだけなら、やはりそこから探すべきでしょうね」
「でもさ、”ジュリー”って教育係の人の名前でしょ? 今は休暇中だって聞いたけど、鋼城の人達もどこに行ったかわからないって言ってなかったっけ?」
「くすっ、メル、教育係の方はジュリーではなく、ジュリアスという名だそうですよ。それに、どこへ行ったかわからないのでもありません」
「えっ? そうだっけ?」
「賢者の所へ行く、とだけ言い残されて、その場所がわからない、のだそうですよ」
「あ、そっか。メル勘違いしていたみたい。・・・でも、賢者って? 知る人ぞ知る翠壁の地の賢者?」
「ええ、あの方しかいらっしゃらないでしょう。行ってみますか?」
「うん、わぁ、あそこは久しぶりだね。メルがんばるね」
「はい、ではよろしくお願いします」

ふぁさー

赤い髪を一振りして、メルが竜の姿に変わる。
それは何度見ても見飽きることのない美しくも不思議な一瞬だった。
‘さぁ、乗って’
メルの声が直接頭の中に響いてくる。
リュミエールが頷いてメルの背に乗ると、赤い竜はふわりと飛び上がり、翠壁の地を目指した。


「こんにちはー!」
羽をたたみ、人型に戻ったメルが元気に声をかける。
「はーい、どうぞー」
間延びした声が応える。
翠璧の地、岩山の頂上にある小屋の中にはターバンを巻いた賢者がひとり。
それに今日は珍しく客人がひとりいるようだった。
「こんにちは、ルヴァ様」
「あー、こんにちは、メル、リュミエール。久しぶりですねぇ。ここにこんなに人が集まるなんて初めてのことじゃないでしょうかねー、あ、湯飲みが足りないかもしれませんねぇ。ちょっと待ってくださいね、探してきますから」
「あ、ルヴァ様、私達はすぐ帰りますからお構いなく」
「そうですかー? お急ぎなら仕方ありませんね。今日は何のご用ですかー?」
「すみません、今日はルヴァ様にご用があるのではなくて・・・。あの、あなたは鋼国のジュリアス様でしょうか?」
リュミエールは、賢者ルヴァの横に座っていた金髪の男性に声をかけた。
「いかにも」
「ゼフェル王子様が行方不明なのをご存知ですね?」
ジュリアスは片眉を上げ、ちらりとリュミエールを見た。
「なぜ私が知っていると思う? 私は有休休暇中だ」
「それでは、今初めて王子様の行方不明を知ったのですか? それにしては落ち着いておられますね」
「ジュリアス、もう良いでしょう? リュミエールもこっちへ来てお座りなさい。ほら、湯飲みが出てきましたよ。今お茶を煎れますからねー」
「そうだな。竜の谷の者達にはこれからも世話になるのだから、ここで角突き合わせていても得るところは無い。よかろう、全部話そう」
「では、やはり、王子様の失踪にはあなたが関わっていらっしゃるのですね」
びっくりして何かを言いかけたメルを押さえ、リュミエールはその水色の瞳でジュリアスを見つめた。
「さすがは竜の谷の者だな。何故わかった?」
「あなたは私達がこちらに入ってきても少しも動じること無く、それどころか来るのを予期していたようでしたから」
「ふっ、読まれるような顔付きをしていたか。ルヴァよ、やはり私はこういう策略には不向きなようだな」
「あー、そんなことは無いと思いますよー。大体、こういう試練を課さなくっちゃいけないことなんて、そう滅多にあるもんじゃ無いですからねー」
「試練?」
「そうだ。我が鋼国の王が急死したことは知っているな?」
ジュリアスはふたりが頷くのを見て話し出した。
何人かの候補からゼフェルを選び、次期王としての教育を始めたこと。
時間に余裕がないので試練を受けるようゼフェルに指示したが、他の誰にも試練のことは知らせなかったこと。
手掛かりがほとんど無ければ竜の谷に捜索の依頼が行き、賢者の所へ行くと言い残しておけばここに捜索の手がのびるはずだと踏み、その通りになったことを。

「どうして私達をここに呼びたかったのですか?」
リュミエールはルヴァに煎れてもらったお茶を一口すすり、湯飲みを置いて、静かに尋ねた。
「それに、メル達が必要なら、直接ジュリアスさまが竜の谷にお願いすれば良かったんじゃないの?」
メルはお茶には口を付けず、ただ湯飲みを弄びながら訝しげな顔をする。
「ここからは王子の力だけではどうしても無理だ。しかし、私が助けを呼ぶわけにはいかない、だからだ」
「・・・何を、すればよろしいのでしょう?」
リュミエールの真っ直ぐな視線を受けて、ジュリアスの顔に初めて笑顔が浮かんだ。
「話が早いのは有り難い。そなた達には王子に協力してもらいたいのだ」
「試練の手助けなどしても良いものでしょうか?」
「部外者ならば構わないと聞いている」
リュミエールとメルは顔を見合わせた。
「人捜しがヘンなことになっちゃったけど、いいじゃない、助けてあげようよ」
「そうですね、メル。では、依頼内容をお聞かせください」


■□■□■□■


ゼフェルがやっとの思いで小屋に辿り着いたとき、中では楽しそうな夕餉の真っ最中だった。
そう言えば、最後に食べたのはいつのことだろう。
扉を開けたターバンの男が目を丸くして何か言っている。
金髪の、ジュリアスに似た男もいたような気がする。
覚えていたのはそこまでだった。


「あー、やっと目が覚めましたねー。あなた、まる一日眠っていたんですよー」
ターバンの男がニコニコと笑いながらゼフェルを覗き込んでいた。
「あんた、誰だ?」
「ゼフェル王子、目が覚めたのだな」
ルヴァが答えるより早く、ジュリアスが割って入る。
「こちらはルヴァ様だ。翠壁の地の賢者とも呼ばれている」
「ジュリ! ・・・つぅっ! あいてて・・・、何だってーんだ」
急に起きあがったゼフェルは、全身がきしむような痛みに布団に突っ伏してしまった。
「岩壁を登ってこられたのですから体中が痛いのも当たり前でしょう」
「えへっ、スゴイよね。手と足を使ってここまで来たんだもん。メル感心しちゃった」
「・・・? 誰だ? おめーら」
そろそろと顔を上げ、ゼフェルが尋ねる。
「私は竜の谷のリュミエール。竜の乗り手です。こちらはメル。火竜族で私のパートナーです」
「よろしくね。ゼフェル王子さま」
「って、なんでよろしくされなきゃなんねーんだ?」
「そう噛みつくでない。この者達には試練の協力をしてもらうのだ」
「試練?!」
ジュリアスの言葉に何故自分がここに来たかを思い出したゼフェルは、悲鳴をあげる身体を押さえ込んでベッドを離れ、ルヴァの正面に立った。
「あんたがクラヴィスの言ってた賢者だな。さぁ、来てやったぜ。これで終わりか? まだあんのか?」
ゼフェルの赤い瞳がルヴァを睨め付ける。
「あー、元気がいいですねぇ。でも、無理しちゃいけませんよ。ほら、身体がまだ本調子じゃないでしょう?」
ルヴァはゼフェルをベッドへと押し戻し、渋々ベッドにもぐり込むゼフェルに布団を掛けながら言った。
「えー、確かに私は翠壁の賢者なんて呼ばれてますけどねー。たまに訪れる人達に知恵を授ける、と言っても大したことは出来ないんですけど、まぁそういうことをやってます。あー、試練のことでしたね。はい、まだ終わりじゃないんですよ。あとひとつ、最後のが残ってましてねー、それにはこの人達の協力が必要なんです」
「協力・・・。いーのか、そんなモン頼んじまって」
「鋼の国の方ではないですからねー。それに、今までだって協力してもらってたでしょう? 山の麓まで連れてきてくれた人もいたんじゃないですかー?」
「・・・ランディか。そーいやそーだな。ほんじゃあ、リュミエールとメルって言ったっけな。よろしく頼むぜ」
二人を見て軽く会釈をするゼフェルにジュリアスは驚いて眉を上げた。
「随分と素直ではないか」
「ジュリアス、”過去も未来も脱ぎ捨て”て無の境地でこちらにいらした王子にそれはないでしょう」
「そーだ、それってどーゆー意味なんだ?」
「えーっと、説明が要りますかねぇ。あなたはもうおわかりだと思いますけどね」
「?」
「あなたはこちらに来られたとき、何か考えてましたか?」
「・・・行かなきゃなんねーって、それだけかな」
「どうしてこんなことしなきゃいけないのか、何て思いました?」
「思ったに決まってンだろーが。こんどジュリアスに会ったらぶっ飛ばしてやるって思ってた。でも、何てーのかな、途中からどうでも良くなったんだ。上を目指して登る。ただそれだけだった。試練だとか、そんなモンは忘れちまってたな」
「あー、素晴らしいですねー。さすがは次の王様に選ばれただけのことはありますねー」
「な、何だよ!」
「余計なことは考えずに山があれば登る。最後まで諦めない。それでいいんです。うん、うん。いやぁ、いい試練ですねー」
「ルヴァ、そろそろ良かろう。竜の谷の者達も待ちくたびれているぞ」
「あ、私達なら・・・」
「あー、そうでしたね。では、これをどうぞ」
構いません、と言いかけたリュミエールを制し、ルヴァは紙片をゼフェルに渡した。


”空を飛ぶ 街が飛ぶ 雲を突きぬけ 星になる”
”火を吹いて 闇を裂き スーパー・シティが舞いあがる”


「何だ、こりゃ?」
「わかりませんねぇ」
「はぁ?」
「空を飛んだ者じゃないとわからないんじゃないでしょうかねぇ」
「ということだから、協力者が必要なのだ」
「おめーら、何言ってるんだ? こいつらが飛べるとでも・・・」
「メル、飛べるよ」
「はっ?」
「メル、ふたりも乗せるのは初めてだけど、がんばるからね」
「おめーオレをからかってンのか?」
「ゼフェル、この者達は竜の谷から来たと言ったはずだ。後で自分の目で確かめるが良い。しかし今はそなたの身体が大事。しっかり休んだのなら何か食べることだ」
「・・・飛べンのか・・?」
誰にと言うわけでもなく尋ねるが、誰もが笑うだけで答えない。
ゼフェルは仲間はずれになったような気がして居心地が悪くなり、ついでのようにジュリアスに尋ねた。
「そ、そーいやおめー、どうやってココに来たんだ? こいつらに運んでもらったとか言うんじゃねーだろーな」
「私なら車でここまで来た。そなたの改良したエンジンを積んでの試乗も兼ねたのだが、なかなか良い出来だったぞ」
怪訝そうなゼフェルに、ジュリアスが満足そうに微笑む。
「ここに来るには何も崖を登らなくても、山の反対側になだらかな車道が麓まで続いているのだ」
「て、てめー! 汚ねぇぞ!」
ゼフェルは身体が痛いのも忘れてジュリアスに掴みかかるが、敢えなく肩すかしを喰らってしまう。
「試練、と言ったはずだ。それ程元気があるなら心配は要らぬな。食事が済んだら出発してもらおう。それでは、リュミエール、メル、よろしく頼む」
「はい、お任せください」
「うん、メルがんばる。王子さまもがんばってね」
「何だってンだ! みんなしてグルになりやがって! あーあ、わかったよ! やりゃぁいいんだろ、やりゃぁ!」
ゼフェルの性格を知り尽くしているジュリアスとは言え、思った通りに事が進んで安堵の笑みを浮かべるのだった。


■□■□■□■


「さぁ、私の前にお乗りください」
竜の姿になったメルを見て、口をあんぐりと開けたまま目をむいて立ち尽くすゼフェルに、リュミエールが声をかけた。
’くすっ、竜を見たのは初めてなんだね、王子さま’
メルの声が直接頭に響いてくる。
’大丈夫、振り落としたりしないから。ねっ、早く乗って’
ゼフェルは首を振り、恐る恐る赤い竜に近づいて、先に乗っていたリュミエールの手を借りて背中に跨った。
「大丈夫ですか? メル」
’う、ん、ちょっと重いけど、飛べると思うよ。ちゃんとつかまっててね、王子さま。じゃ、行くよ!’
ただ一度、大きく羽を動かしただけで大空高く飛び上がり、賢者の小屋は小さな点にしか見えなくなる。
「すげー!」
「あまり下を覗き込まないでください。落ちますよ」
軽く手綱を持ち水色の髪をなびかせてゼフェルの後ろに立つリュミエールは、好奇心に駆られて身を乗り出す王子に苦笑しながら声をかけた。
当のゼフェルはリュミエールの言葉が聞こえたのか聞こえていないのか、すげー、を連発しながら飛び去る景色に目を奪われている。

「そろそろ鋼の国、でしょうか」
しばらくして、遠くの灯りを見つけてリュミエールが言った。
もう日はとっぷりと暮れている。
’うん。あそこはいつも明るいからすぐわかるよね’
メルは尚も飛び続け、遠かった灯りが真下に見えるようになってきた。
’王子さま、わかる? 鋼の国だよ’
突然頭に響いてきたメルの声に、星を眺めて夜の空中散歩を楽しんでいたゼフェルは我に返って下を見た。
「これが、オレの国?」
街の中心から放射状に広がる光の点ひとつひとつが民の暮らし。
工房に灯りが灯り、風にのって機械の呻る音が聞こえてくる。
「へぇー・・・、キレイなもンじゃねーか」
’うん。きれいだね。王子さまはこの国の王さまになるんだから、もっときれいにすることもできるんだよね’
「・・・・・王様か。今までちゃんと考えたことなかったな。選ばれたときから、何となくそーなるンだろって思ってたけど、考えてみりゃ、それってすげーことだったんだな」
’うん、すごいことだよ。王さま次第で国が変わっちゃうんだもん’
それきり、黙ってしまったゼフェルとメルをリュミエールが優しく見つめる。
月明かりがひとりの竜と竜に乗るふたりの人間のシルエットを浮かび上がらせていた。
「そろそろ帰りますか?」
「あん? ああ、そうだな。眺めていたって変わるわけねーし、オレが変えられるってんなら、善は急げだ」
’善は急げかぁ。わかった、帰るよ’
「ああ、頼む」


賢者の小屋に戻るなり、ゼフェルが大声で言った。
「おい! ジュリアス、帰るぜ!」
「何か得るものがあったのか?」
「ま、な」
ゼフェルは小屋の中を見渡し、ひとりひとりに屈託のない笑顔を向ける。
「見てろよ。オレの国をすっげー国にしてやる。スーパーシティなんて目じゃねーぜ!」
「その意気だ。そなたもようやく王としての自覚が芽生えたと見える。試練は無駄ではなかったようだな」
「あー、良かったですねぇ。頑張ってくださいね。お手並み拝見してますよー」
「試練に協力出来たこと、嬉しく思いますよ」
「また何かあったら呼んでよね」
「ああ。世話になったな。じゃな。行くぜ、ジュリアス」


■□■□■□■


戴冠式が終わり、式に呼ばれたルヴァが、王の補佐官に就任したジュリアスと午後のお茶を楽しんでいた。
「はぁ、これで鋼の国も安泰ですねー。私もほっとしましたよ」
「ああ、世話になった。これで私の肩の荷も少しは軽くなると良いのだが」
「苦労性ですねぇ。ふふっ、あなたにぴったりの言葉が”チャン・ターの試練”の中にありましたよ。はい、どうぞ」
ルヴァがにこにこしながら紙片を差し出す。


”片手にピストル”
”心に花束”
”唇に火の酒”
”背中に人生を”
”アア アア アア アアアー…”


「ルヴァ、そなた、意外とロマンチストなのだな」
「ロマンチスト? はぁ、そうなんですかねー。自分じゃわかりませんね」
「ああ、そうかも知れぬな。それよりルヴァ、一度聞いてみたいと思っていたのだが」
「はい、はい、何でしょう?」
「”チャン・ター”とは何なのだ?」
「えー、それは、誰、と聞く方が正しいんですよ。昔、鋼の国を訪れた旅人だったそうです」
「その旅人の名が何故、試練に冠するようになったのだ?」
「謎の詩を残していったんですよ、その旅人は。それに”ジュリー”という謎の言葉もね。それがどういう経緯で試練に使われるようになったか、それは私もは知らないんです。ほら、箱があったでしょう? あの中には”チャン・ターの試練”の他にもいろいろな試練の名前が書いてありますよね。でも、今ではもうそれらの試練の由来を知る人はいないんですよ。ちょっと残念ですねー」
「そうか、そなたが知らぬと言うなら誰にもわからぬことなのだな」
「ええ、多分、”チャン・ター”さん以外はね」


午後の時間が穏やかに流れていく。
鋼の国の人達にも、竜の谷の人達にも等しく落ちる夕陽の中、同じ夕陽を受けるゼフェル王がいた。
希望に瞳を輝かせて。
鋼の国に幸いあれ。



―終わり―


引用曲
「勝手にしやがれ」「渡り鳥 はぐれ鳥」「ス・ト・リ・ッ・パー」「TOKIO」「サムライ」(すべて沢田研二)
JASRAC許諾J040310425号


まゆ様のサイトでキリ番4000番を踏んだちゃん太のリクエストは、性懲りもなく「アンジェでジュリー」。
これがことのほか難しいリクエストだったと気がついたのはまゆ様の掲示板への書き込みを見て初めて。すみません、こんな奴で。
ともかくCDをたくさん聞いて下さったそうです。お手数取らせてすみません。

そして、いったいどの曲が使われるのかしらと楽しみにしていたら、なんと、5曲も!!そうかこんな風に使うといいのか、と感心してしまいました。
キャストも遙拝所オールスターズといって過言でない構成です。何から何までお気遣い頂いて、もう感激。皆適材適所ですよね。
そしてお話は、その光景が脳裏を駆けめぐるビジュアル系。やっぱり絵描ける人は違うわ〜などと感心するのでした。
メルの変身シーンでどきどきしたり、鋼の国の夜景にため息をついたり、小屋の中の小さなお茶会に和んだり。
そういえばこれをお書き頂いた頃ってご出産前後…「おかあさんの優しさ」が確かにお話の底に流れているのを感じます。それにしてもジュリーは胎教的にはどうだったのでしょう。なんか冷や汗が出ます。

まゆ様、素敵なお話を本当にありがとうございました!!

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