世界で一番大嫌い         by 杉作さま


定時に執務を終えると、ルヴァはおもむろに大きな執務机の引き出しを開いた。
一番上、文具が整頓されているその引き出しの奥に紙巻きたばことライター。
夕日の差す窓の外を眺めながら、慣れた手つきで煙草に火をつける。大きく煙を吸い込むと、ため息と一緒に思い切り吐き出す。
今日はこれから、彼女に会う約束がある。

ルヴァは、彼女が嫌いだ。

彼女は、明るい金髪と向日葵のような笑顔が他の守護聖たちに人気の女王候補生。天使を意味する名を持つ少女は、長い聖地の暮らしに飽きた男どもには本物の天使みたいで。うっかり今が女王試験中だということを忘れてしまいそう。
その、皆のアイドル的存在の女の子と、どうして自分がこういう関係になったのかは、いまだに分からなかったりする。
年少組3人はもちろん、年中組まで何だか浮き足立っている中に、自分は加わらなかったはずなのに。今まで通りに本を読んで、時々に釣りに行って、ああ今日もいい天気でしたねって毎日を過ごせれば、それで十分だったはずなのに。
なのに、彼女が自分の元にやってきては読書の時間を減らしてくれるし、日の曜日は釣りに行けないし、リュミエールのお茶もしばらくご無沙汰。オリヴィエにはからかわれる、ゼフェルは不当にやっかまれる、ジュリアスには小言を言われる、ほんと、良い事なんてひとつもない。
彼女の話は他愛もないことばかりだし、笑い声はうるさいし、皆が騒ぐほど可愛いとも思えない。そもそも、17歳にしちゃ発育不良気味でないかと思う。
エスプリのきいた話題と優雅な微笑み、洗練された仕草のもう1人の女王候補のほうが、はっきり言ってよっぽど自分の好みに合っている。


こんなことになったのは、そう、多分ゼフェルのせいだ。
なぜって、自分が彼の教育係になってから、周囲から「変わった」と言われるようになったから。
それまでの自分ってのは、「青白い顔をしてまるで書庫の番人みたい、誰かに心を開くようなこともなかった」そうだ。それがすっかり周りと打ち解けてにこやかに話すようになったし、出歩くことが以前より格段に増えて−−−−要するに、「付き合いやすいタイプ」になったらしい。
もしもルヴァが以前のままだったら、多分アンジェリークは彼に近づこうとはしなかったに違いない。
もっとも彼としては、今だって前と変わったつもりなんてないんだが。
…ああそうか、性格が変わらなくても、やってることが変われば、人はそれを「性格が変わった」と言うのだな、なんて今さら思ってみたりする。
ルヴァ、あっという間に煙草を吸い終えると、2本目に手を伸ばす。約束の時間までまだ余裕がある。もう1本吸って、臭い消しをすることはできるだろう。アンジェリークには、煙草のことは内緒にしてある。
(彼女は煙草の煙が嫌いですからねえ…)
ああ、面倒くさい。本当に面倒くさい。



…なーんて、ね。
ルヴァの独白、もしもゼフェルが知ることができたとしたら、多分、蹴り倒してどつきまわして殴り倒しちゃうだろな。
仕事を意地でも定時で終えて、執務室には以前の倍の数の消臭剤(特に煙草の臭い取り用)を置いて、アンジェの好きなハーブティをリュミエールから強奪して、それでなーにが「面倒くさい」だ、って。
今だって、なんのかんの行って、足取りが軽いもんね。待ち合わせ場所に近づくにつれて、自然に小走りになっていったりして。
森の湖のほとり、いつもの場所にたたずむアンジェリークが待ち人の姿に気づき、にっこり笑って手を振る。
その姿に笑顔を(ゼフェルに言わせればゆるみきった顔を)返し、さらにスピードを上げるルヴァ。


一番面倒くさくて一番嫌いなのは、アンジェリークを大好きな自分自身。
女王候補と守護聖の恋、だなんて、絶対先行き面倒なことになるに決まってる。それが分かってるのに、何だかそんなこと、大したことでないような気がしてしまう。
全く、自分がこんな人間だとは思わなかった。
「ルヴァ様、どうかしました?」
苦笑するルヴァに、アンジェリークが聞く。
「いえ、何でもありませんよ」
答えながら、面倒でも嫌いでも何でもいいやって思ってる自分はやっぱり変わったんだなあ、とルヴァはひとり納得して…改めて笑った。

 


<お粗末>


ちゃん太が大好きで密かに通い詰めている、あらゆる意味でとっても素敵なアンジェサイト「天使専門店杉作屋」さんの、10000ヒット企画でめっちゃラッキーにもリクエスト権を頂き(無理やりもぎ取ったような気も少しする)、イラストにしようか創作にしようか迷いに迷って(だって、どっちもちゃん太のツボ押しまくりなんですもの)お願いしたものです。
リクエスト内容は「ルヴァアン創作で、意表をつく設定と、しっとりした中身のもの」。

そしていただいたものがこれ!
ああ、この感じ!この感じが好きなの!!!ね、わかるでしょう!(←ひたすら興奮している)

わたしって、なんて幸せ者なんでしょう、と喜びをかみしめるちゃん太でありました。

杉作さま、本当にどうもありがとうございました。


宝物殿に戻る