Doubtful rumor            BY 佐野箕月さま



「なにっ!それは本当か?」

光の執務室に時ならぬ大声が響いた。
朝一番の報告の最後にオスカーが何気なく言った一言にジュリアスは妙に反応したのだ。

「はあ・・・そのようです、ジュリアス様。」
オスカーは自分の一言で急に態度がそわそわと落ち着かなくなったジュリアスを怪訝に思ったが、賢明にもそれを表には出さなかった。

「ではジュリアス様、俺は執務に戻りますので失礼します。」
どうみても態度が不審なジュリアスの前から早々に退出しようとしたオスカーをジュリアスは呼び止めた。
イヤな予感とともにオスカーはゆっくりと振り返る。

「待て、オスカー。その・・・・先ほどのことについて調べてみてくれぬか?頼んだぞ。」
オスカーは心中でがっくりと肩を落としていたが、そんなことはおくびにも見せず退室した。



「おい、オリヴィエいるか?」
失意のオスカーがやってきたのは夢の執務室。
部屋の主は鼻歌を歌いながら気分よく鮮やかなバイオレットのマニキュアを塗っている最中だった。

「あ〜ら万年発情男のオスカーじゃないのさ。どしたの?そんなシケタ顔しちゃって☆」
精神的にぐったり疲れたオスカーはそんな憎まれ口にも反応せずに、黙ってソファに腰をおろした。

「ふん、言ってろ。そんなことよりオリヴィエ、クラヴィス様ってどう思う?」
「クラヴィス〜?うーん・・・・まあ一言じゃいえないけど、ブキミ・・かな?」
「そうだよな・・・やっぱり俺の見間違いだったんだろう、ああ、そうに違いない!」
オリヴィエは突然やってきて謎の質問をした挙句謎の結論にたどり着いたオスカーを怪訝そうにみていた。

「・・・・でさぁ、なんなのさ。シケタ顔をしてたかと思ったら変な質問してくれちゃって。まあ、どうせあんたの悩みなんて女絡みかジュリアス絡みかのどっちかだろうけどね☆」
割と図星をついたことを言いながらすたすたとオリヴィエはオスカーの目の前に立って鼻の頭を突っついた。

「で?クラヴィスがどーしたってのさ。私にも教えてくれるよね〜オスカー。」
好奇心まるだしでずずいっと詰め寄ってくるオリヴィエの迫力にオスカーは負けた。
一応強さをつかさどっているというのに・・・。

「あ、ああ・・・。この間の日の曜日に庭園でクラヴィス様とお嬢ちゃんが一緒にいたって話をジュリアス様にうっかり言っちまったんだよ。そうしたら酷く動揺なさって、このことを調べて来いなんて命令されたんだ・・・。まったく、何で俺がそんなことしなくちゃならんのだ。」

かなり愚痴塗れなオスカーの独白にオリヴィエは笑いを堪えるのに一苦労した。
よく言う、人の不幸は蜜の味と言うヤツだ。

「いーじゃんオスカー。やってあげなよ☆ソンケーするジュリアスの為じゃん。」
「何?人事だと思って軽く言いやがって・・・・。ん?そう言うって事はお前もやってくれるんだよな?」
「はぁ?なーに・・・(でもちょっと面白そうかも)・・・・まあ、やってもいいかな。」
「なんだその間は。まあ、いいか。」
「そうそう。深く考えないのがあんたのいいとこじゃん。じゃーとりあえず私はルヴァのとこにでも行ってみるヨ☆」
やたら嬉しげで楽しげなオリヴィエはオスカーが声を掛ける前に出て行ってしまった。

(・・・・あいつに話したのは間違いだったか・・・・。)
夢の執務室に来たときよりさらに暗澹たる気分でオスカーは聖殿2階の自らの執務室へと戻ろうと部屋を出たのだった。



「おや〜オリヴィエ、どうかしたんですかー?何か楽しそうですね。」
「んっふっふ〜わかる〜?やっぱり☆まあ、それは置いといてさ、あんたクラヴィスってどう思う?」
「はぁ?クラヴィス・・ですかー?まあ、とりあえず執務室が薄暗いのが気になりますねー。それとあの髪は邪魔じゃないんですかねぇ。」

ルヴァが言ったクラヴィスの特徴は常々オリヴィエも不思議に思っていたことだったが、ちょっと今聞きたかったことは違った。
「それもそーなんだけどさ、クラヴィスって恋愛とかってするのかな―と思って聞いてるわけよ。」
「はあ、恋愛ですか・・・。」

もちろんルヴァは現女王とのラブアフェアを知っていただけに心当たりがあったが、まさかそれを他人に喋るわけには行かないと弁えていた。
255代女王即位直後のクラヴィスの様子を知っているだけに尚更だ。

「それだけは絶対に!ありませんね。あのクラヴィスが女性と付き合えると思いますかー?私にはとてもそうは思えませんがねぇ。」
妙に力強く断言するルヴァの迫力に押されてオリヴィエもこくこくと頷いた。

「そ、そうだね・・・・。じゃーやっぱりクラヴィスとアンジェが一緒にいたって言うのは見間違いだったんだねぇ・・・。なーんだ。」
「そんなことがあったんですかー?それは一体誰から聞いたんですか?」
「オスカーだけど・・・・?」

いつもの3割増でにこにこと微笑んでいるルヴァは、ルヴァをよく見るオリヴィエの目から見てもどこか底冷えしていた。

「そう言えばオリヴィエ、こんな話を知ってますかー?最近飛空都市に流れてる噂なんですけどね・・。」
本来そう言う噂話には疎いルヴァがする噂話にオリヴィエは驚いた。
それはついさっき口の端に上ったオスカーのウワサだった。



「おや、オスカーではありませんか。」
妙に脱力してしまったオスカーの隣の執務室からリュミエールが出てくるところだった。
「ああ、リュミエールか・・・・。」
いつものやたらめったら力強い様子が影を潜めているオスカーにリュミエールは眉をひそめた。

「本当に大丈夫ですか?あの、もしお暇だったらわたくしの執務室にいらっしゃいませんか?」
「ああ、そうだな・・・一人でいても仕事にならなさそうだしな。お前の好意に甘えさせてもらうよ。」
その言葉にリュミエールは淡く笑みを浮かべた。

コポコポコポ・・・。
リュミエールが繊手でハーブティを注ぐのを黙って見ていたオスカーはふと呟いた。
「お前は優しいな・・・・。」
「?はあ、まあ私は一応優しさを司っておりますので、それなりには・・・。やっぱり今日のあなたはおかしいですね。いつもの暑苦しいまでの自信過剰さはどうしたのですか?」
心配そうな表情をしていなかったら皮肉に聞こえそうなことを言うリュミエールであった。

「おいおいそこまで言ってくれるなよ・・。そう言えばお前はクラヴィス様と仲がいいんだよな。」
「ええ、身の回りのお世話をさせていただいておりますが、それが何か?」
「お前にこんなこと聞くのもなんだが、クラヴィス様って女王候補のお嬢ちゃんのことどう思ってるんだ?」

「どうとは・・・・。オスカー、クラヴィス様はあなたとは違うのですよ?あの方が人から白い目で見られるようなことをするわけがありません。」
半眼になったリュミエールは結構怖かった。
「いや、そうじゃなくって・・・・・っておい!俺がいつ白い目で見られるような事したって言うんだ??!!」
「オリヴィエがこの間、『オスカーは外界で遊びまわった挙句とある女性を妊娠させて無理やり中絶させた上足蹴にしたらしい』と言っていましたよ。」
真顔でそう言ったリュミエールに、オスカーは絶句するやら憤慨するやらで、顔色が忙しく青くなったり赤くなったりしていた。

「おい・・・・・本気でそう思っていたりするのか?」
「本当のことでしょう?何故かオリヴィエがけらけらと笑っていたのが気になりましたが。」
どうやらマジらしいリュミエールにオスカーは心の中でズルッとこけた。
「それとお酒もだいぶ入っていたようでしたね。」

オスカーは酔っ払いの戯言を信じているリュミエールに苦笑いした。
とりあえずそんな作り話がジュリアスの耳に入らなかったことに安心しつつ、改めてリュミエールに聞いてみた。

「お前よく闇の執務室にいるんだしさ、お嬢ちゃんとクラヴィス様の様子くらい見たことあるだろ?」
「そうですね・・・でもわたくしの見たところロザリアはそれなりに訪ねて来ますがアンジェリークはあまり来ない気がします。」
「そうなのか・・・じゃあやっぱり見間違いだったんだな。」
「何を見たのですか?」
「ああ、実はな、この間の日の曜日に庭園をクラヴィス様とお嬢ちゃんが歩いていたって言う目撃証言があったんだ。」
「まさか・・・・クラヴィス様が日中に歩き回られるなどあり得ませんよ。」
「そうだよな、お前がそう言うって事はそうなんだろうし。じゃあリュミエール邪魔したな。」
そう言うなり、オスカーは青いマントを翻して足早に出て行った。


翌日。
光の執務室のドアを叩こうとしたオスカーはノックしようとコブシを振り上げて瞬間固まった。
ゾクッとしたすさまじい悪寒が背すじを伝ったのだ。

「ジュリアス様、俺です。失礼します(なんだったんだろう?)」
首を傾げつつ部屋の中に入ったオスカーはいつもどおり諸々の報告を読み始めた。
20分程度でそれが終わると、ずっと窓のほうを向いて背を向けていたジュリアスが初めて振り返った。

「オスカー・・・私はそなたのことを信用し、また理解しているつもりだった。だが・・・。」
オスカーは突然よくわからないことを言い出したジュリアスをぽかーんと凝視していた。
「だが・・・そなたのことを誤解していたようだな!あのような下劣なことをしていたとは!!」
穏やかそうだったジュリアスは話しているうちに怒りを増幅させたようで、気のせいか後ろ髪が逆立っているようにすらオスカーには思えた。

「あ、あのジュリアス様?下劣なことって???」
「オスカー、そなたも素直に認めよ!この飛空都市に広まっている噂を知らぬわけでもあるまいに。」
「いや、あの、ジュリアス様??」
「そなたが女性を孕ませた挙句中絶させて足蹴に・・いや、私の口からはこれ以上言えぬ。」

それが昨日リュミエールから聞いた話だとわかったオスカーは絶句した。
まさかあんなバカな話がここまで広く伝わっていようとは想像していなかった。

「あ、あのですね・・・・あっそうだ、昨日の、クラヴィス様とアンジェリークの件ですけど・・。」
すっかり怒髪天モードだったジュリアスも「アンジェリーク」の一言にすっと聞く態勢になった。
「いろいろ聞いてみたんですけど、やっぱり『見間違い』『人間違い』説のようです。」

ジュリアスの意識をそらすことに成功したオスカーは、ジュリアスが思い出さないうちに・・とそそくさと光の執務室から出て行った。



その後――。
オスカーの汚名はなかなか晴れず、普段の行いが悪いとかいろいろ言われているうちに女王試験が終わる日がやってきた。

謁見の間で守護聖一同並んでいるとアンジェリークとロザリアが入ってきた。
何故かふたりとも複雑そうな表情を浮かべている。

「ではアンジェリークよ、前へ。」
ディアがそう促すとアンジェリークはチラッととある守護聖の方を見た。

「ディアよ、ちょっと待て。」
視線を投げかけられた守護聖――クラヴィスは一歩進み出てそう言った。

「私とアンジェリークは将来を約したのだ・・。その場合、もう一人の女王候補が女王となるのであったな?」
「え、ええ、確かそうだったかと思いますけど・・・アンジェリーク、本当ですね?」
突然のちょっと待ったコール、しかも意外な人物のそれに驚いていたディアであったが、すぐに立ち直りアンジェリークに問うた。

アンジェリークは頬を染めてそっと頷いた・・・・・。

「ああああああああアンジェリーク、本当にそれでいいのか??」
めちゃくちゃどもりながら訊ねるジュリアスに満面の笑みでアンジェリークは答えた。

「ハイ、クラヴィス様とだったら安らぎに満ちた暮らしが出来そうだなって・・・。」

安らぎに満ちすぎて怠惰なんじゃね―のか?
そうツッコミを面と入れるものはなかったが数人はそっと心の中で思っていた。
唖然某然としている幾人かの守護聖を尻目に即位の儀は恙無く執り行われた。


そして今。
アンジェリークはクラヴィスと仲睦まじく暮らし、宇宙はロザリア陛下の元、平和に治められている。
しかしとある守護聖は「あの時オスカーがちゃんと調査していれば・・・」との思いを捨てきれていないのだった。


ラブコメのはずがラブがやたら薄いんですが・・・(汗)しかも水様が天然を通り越
して黒水様になってるという気もしますが・・・・・スイマセン。 (佐野箕月さま)

何が嬉しいって、誕生日にお気に入りサイト様のキリ番踏むこと!!と実感したのが一月前。
地様中心の素敵な創作がたくさん堪能できる「FORBIDDEN PLACE」の6400番を踏んで、オーナーの佐野箕月さまよりいただいたのがこの作品です。お題は一月近く迷った末、「ラブコメ。登場人物に、『うろたえる光様』『大胆不敵、ちょっと目据わってるかもな地様』『天然な水様』のどなたかを」だったのですが…

リクエストしてわずか2日後、「ええ?もう?」と驚いたちゃん太は読んで「ぜ、全員入ってる…」と感動しまくるのでした。
もうこれはほとんど職人芸といえるのでは。
うう、それにしても、光様、可愛いです(←例によってちゃん太のゆがんだ愛情)。

佐野箕月さま、素敵なお話をありがとうございました!!

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