結婚指輪              BY AIRIN様


 それは、アンジェリーク・リモージュが第256代目の宇宙の女王に即位し、前代女王の手によって閉ざされた虚無だったはずの宇宙に新たに生まれた生命体が発見されて間もない頃の話だった。地の守護聖ルヴァと王立研究院の新しい責任者であるエルンストはその日の夕方、研究室の一角でなにやら低い声で話し合っていた。

「それじゃあ確かに頼みました、エルンスト」
席を立ちながらルヴァがそう言うと、エルンストは快くうなずくのだった。

「お任せ下さい、ルヴァ様。必ず『虹色の輝石』を手に入れて戻って参ります」

「ええ、お願いしますよー。すみませんねえ、こんなプライベートな頼みを私のわがままであなたに押し付けてしまって」
ルヴァは申し訳なさそうに肩をすくめた。

「本来なら私が輝石を取りに行くべきですし、取りに行きたい気持ちでいっぱいなんですけどねー」
「仕方ありませんよ、ルヴァ様はこの度に新しく誕生した惑星の視察でお忙しいのですから。もともと私はちょうど研究の為に明日の昼には暗き鉱脈の惑星に出立することになっておりましたから、そのついでに坑道の奥で輝石を手に入れるのはそう難しいことではありません」
「しかし、あそこの惑星の坑道ではよく落盤が起こるそうですよー。くれぐれも命を落としたり怪我をしたりすることのないようにしてくださいね」
「ご心配なく。身を守るすべは心得ております」

不安な面持ちのルヴァに、エルンストは安心させるように笑って見せた。
 だが、それでもルヴァは落ち着かない様子で指先でこつこつと机をたたいた。

「しかしねえ、エルンスト。やはり輝石をあなたの公務のついでに手に入れてもらうというのはあまりよくないことのような気がするんですよ。やはり視察が終わってから、私が……」

そう言いかけたルヴァに、エルンストは首を横に振ってみせた。エルンストが普段の生真面目な表情を崩しておどけて目配せをして見せたので、ルヴァは驚いた。

「それはいけませんよ、ルヴァ様。視察から戻ってきた後に輝石を取りに暗き鉱脈の惑星に向かわれたのでは、女王陛下へのお誕生日プレゼントが間に合わないでしょう」
「や、その通りですね。これはやられましたねー」
ルヴァは照れくさそうに笑った。エルンストも笑い返して一礼した。

「それではルヴァ様。私はこれで失礼致します。明日の準備が残っておりますので」
「そうですか。それじゃあ今日はこれから旅に備えてゆっくり休んでくださいねー。それから最後に改めて、こんな勝手なお願いを引き受けて下さって本当にありがとうと言わせてくださいね。エルンスト。心から感謝していますよ」
「お礼など結構ですよ、ルヴァ様。私の方こそルヴァ様には常に感謝の念がたえません。何と言ってもルヴァ様は、私が聖地で唯一親しくさせていただいている方ですからね。そのご恩にはいつも報いたいと思っておりますよ。では」
エルンストはそんなことを言い残して、ルヴァの前から去った。


 ルヴァは微笑んでエルンストの背中を見送った。別れ際のエルンストの言葉の意味はルヴァには良く分かった。エルンストにとって聖地の守護聖たちは幼すぎるか接点がないかのどちらかであった。価値観の似ているジュリアスとはチェスの腕を競う機会も多いようだが、「気が合う」ことと「親しい」ことは別物なのだろう。要するに、エルンストが聖地で「友人」と呼べる人間はおおよそルヴァ1人だけだったのだ。

 そして、それはルヴァにとっても同じことだった。ルヴァは聖地ではこれまでエルンストのような「友人」をもった経験がなかった。博学で勤勉なエルンストと談笑していると、他の守護聖たちと過ごしている時間よりもずっと気楽な時を共有することが出来た。
 ルヴァは声には出さずにエルンストに感謝の言葉をもう一度呟くと、研究院を出て私邸に向かった。



 エルンストは約束通り、視察から戻ったルヴァに輝石を持ちかえってくれた。ルヴァは輝石を受け取ったその晩に私邸の自室にこもって作業を始めた。ルヴァはゼフェルから教わった通りの手順で輝石を道具で磨いたり削ったりながら形を整えていった。
「わざわざやり方なんかきかなくても、デザインさえ指定してくれれば俺が細工造ってやんのによ、アンジェリーク……女王陛下への誕生日プレゼント用の指輪。ルヴァ、おめー、知ってんだろ?虹色の輝石は鉱物の中でもダイヤモンド並に硬くて細工がしにくいんだぜ。それにおめー、ただでさえぶきっちょなんだぜ。大丈夫かよ?」
ゼフェルはルヴァに指輪の細工の仕方を教えたときに、そんなことを言って脅かしたものだ。

 ゼフェルの忠告は正しかった。虹色の輝石の加工は思うようにいかなかったし、ルヴァは生まれつき手先が特別に不器用だった。夜が明けて朝が来ても石はほとんど削れていなかったが、ルヴァの手は切り傷や小さな火傷のあとだらけになっていた。それでも、ルヴァは毎晩毎晩石を削りつづけた。密会の度にアンジェリークはルヴァの手の怪我や寝不足を心配したが、ルヴァは決して秘密は明かさなかった。
 もちろん、虹色の輝石よりももっと柔らかく、それなりに見栄えのする石を選ぶこともできた。市販の高級な指輪を取り寄せることもできた。しかし、ルヴァは敢えて頑固に虹色の輝石を磨き、削りつづけた。眠い目をこすって手の傷を時々治しながら。時にはうつらうつらと半分船をこぎながら。

 ルヴァの故郷の砂漠の惑星にはひとつの伝承があった。それは、男性が虹色の輝石を自分で削って造った指輪を結婚指輪として恋人の女性に贈ると、そのカップルは末永く幸せになることができるという言い伝えだった。

 何の科学的根拠のない伝承に頼るなど、心が弱気になっている証拠かも知れません。

ルヴァはふとそんなことを思い微笑を浮かべる。しかし、彼はたとえ伝承に頼ってでもアンジェリークを幸福にしてやりたかった。女王と守護聖という立場に引き裂かれている今の状態になど負けず、彼女を幸福にしてやりたかったのだ。
 そして何より、そうしてアンジェリークを幸せにすることでルヴァは自分自身が幸せになりたかった。アンジェリークの笑顔を自分の前から失って不幸せな気持ちになりたくはなかった。そう考えると、手に負った火傷はちっとも痛まなかったし、ここのところの徹夜の作業で身体中にたまった疲労も嘘のようにすっと引いてゆくのだった。



 アンジェリークに贈る指輪が完成したのは、彼女の誕生日の当日の朝だった。完成品の指輪はあちこちでこぼこしていてお世辞にも綺麗とは言えず、輪の裏側に彫られたふたりの名前は不恰好にゆがんでいた。それでもとにかく時間をかけて石を磨いたおかげで、虹色の輝石は七色以上のありとあらゆる種類の光を放っていた。この指輪のとりえらしいとりえといえば、恐らくこの輝きくらいのものだろう。だが、アンジェリークなら目先の細工の不味さにとらわれることなく、この輝きを見ぬいてくれる。ルヴァはそう確信していた。

 ルヴァの確信はたがわなかった。

 早朝に女王の寝室に忍んで指輪を手渡したルヴァに、アンジェリークは涙を流しながら力いっぱい抱きついてきたのだ。
「ありがとう、ルヴァ様!ルヴァ様が私の為に結婚指輪を造ってくれるなんて、こんな素敵なお誕生日プレゼント初めて!」
「アンジェリーク……」
いいえ、お礼を言わなければならないのは私のほうですよ、こちらこそありがとう、という言葉をのみこみ、ルヴァはアンジェリークの唇の温もりをゆっくりと確かめた。アンジェリークがここ何日間もの自分の想いも苦悩も何もかもを、虹色に磨き上げられた指輪の輝きを目にしたとたんに理解して笑ってくれたのだと思うと、それだけでルヴァには十分だった。
 そして、ルヴァは唇を離すと、そっとアンジェリークの手をとって指輪を彼女の左手の薬指にはめてやるのだった。少なくとも現在は法はルヴァとアンジェリークを夫婦とは認めてくれなかったが、ふたりは紛れもなくこの世でどんな夫婦よりも固い絆で結ばれている恋人達であった。

 男性が虹色の輝石を自分で削って造った指輪を結婚指輪として恋人の女性に贈ると、そのカップルは末永く幸せになることができる。
 少なくとも、ルヴァとアンジェリークのふたりに関してはこの言い伝えは真実だったようだ。
 しかし、ルヴァは自分たちがこうして幸福を手にしているのはこの御伽噺のせいだけであるとは信じたくなかった。

「あのね、ルヴァ様。私、今考えていることがあるの。……もし、私もルヴァ様も女王と守護聖の任期が終わって聖地を出て行ける日がきたら。……そして、もし私とルヴァ様が地上のどこかで結婚式をあげて、私たちの間に……赤ちゃんができたら……」

ルヴァの腕の中で、アンジェリークは顔を赤らめながらそんなことを話し始める。
「もし、その子が女の子だったら、私、『将来、自分の為に一生懸命結婚指輪を造ってくれる男性と結ばれなさい』って教えてあげようと思うの」
「もしその子が男の子だったら?」
「あら、決まっているじゃない。あなたのお父さんみたいに、自分の好きな女性の為に真心をこめて指輪を造ってあげられる男性になりなさい、って言うのよ」
ルヴァの問いに、アンジェリークは微笑しながらそう答えた。

 そう、ルヴァは信じていたかった。
 自分たちが今幸福なのは決して古い伝承のせいなどではなく、エルンストやゼフェルといった「友」や「仲間」たちの力と、アンジェリークの笑顔の力と、そしてほんのちょっぴりのルヴァ自身の努力のせいなのだ、と信じていたかった。


END 


ルヴァ様とリモージュものをはじめとする素敵な創作がいっぱい詰まったサイト「本の虫。」(現在は「月桂冠」と改称されています)で
すばるがキリ番5500番を踏んで、オーナーのAIRIN様から書いていただいた創作です。
お題は「ルヴァ様とエルンストさんの友情を絡めた、ルヴァアンもの。」

とにかく可愛いリモージュ女王。地様でなくてもめろめろになりますって。ふふふ。
そして控え目にして存在感のあるエルンストさんが素敵!
もちろん、ルヴァ様も。AIRIN様の創作の地様は、物静かで意志が強く、男の色気を感じさせるお方です。この作品でもそのあたりはよく伺えますよね♪
「う゛ー、あたしも指輪、ほしーよー」と皆が叫んだのは言うまでもございません。

AIRIN様、素敵な作品を、ありがとうございました!

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