にがてなもの     by まゆ様


リュミエールは頭を抱えていた。
夏休みを前にして、テーブルには宿題の山が置かれていた。
別に、宿題の多さがリュミエールを悩ませていたのではない。
問題は、‘夏休みのめあて’と題されていた一枚のプリントだった。
‘あなたのにがてなものは何でしょう? この夏休みにこくふくしましょう’
プリントにはそう書かれていた。
更に、‘お家の方と相談して、こくふくするものを決めてください’とある。
宿題を家に持ち帰り、家族と相談したまでは良かった。
相談された父親は、好き嫌いが多いのを直せといい、母親がそれに同意した。
兄達が口々にリュミエールの嫌いな食品を上げ、一番良くないのは尾頭付きの魚が食べられない事だと結論付けた。
「にぃさま、頭のついたお魚が食べられるようになるといいね」
妹の一言で‘克服するもの’が決まった。
この夏休み中に、‘頭が付いている魚’を食べられるようにしないといけない。
リュミエールは今日何度目かの溜息を吐いた。





おやつよ、と言われてテーブルを見ると、‘タイヤキ’が置いてある。
皮は小麦粉、中身は小豆と砂糖だとわかっていても、‘タイヤキ’の‘目’に恨めしそうに見られていては、持った両手が止まってしまう。
「にぃさま、おいしいよ」
無邪気に頭からかぶりつく妹と、家事をしながらチラチラと心配そうにこちらを見ている母の前では、食べない訳にもいかない。
リュミエールは目をつぶって‘タイヤキ’を食べた。





ごはんよ、と言われてテーブルを見ると、魚のフライが所狭しと並べられていた。
特に多いのが‘ワカサギのフリッター’。
衣に隠れて‘ワカサギ’本体は見えないが、形からして、‘頭’が付いているのは間違いない。
真っ直ぐこちらを見ている父と、リュミエールのことなど眼中にないという風に次々とフリッターを平らげていく兄達の前では、食べないで済ませる勇気はなかった。
リュミエールは見ないふりをして‘ワカサギのフリッター’を食べた。





それからは、頭付きの‘カレイの姿蒸し’、‘小アジの唐揚げ’、‘キスのマリネ’、‘サンマの塩焼き’、‘イワシの南蛮漬け’、‘キンキの煮付け’すべてを、その都度泣きそうになるのを我慢して食べた。
野外パーティで、豪勢な一匹丸々の‘サケのちゃんちゃん焼き’が出た時は尻尾側に回って何とか卒倒せずにすんだ。
だが、夏休みも終わりに近づいたある日、親戚のお祝い事があって、家族で赴いた宴会の席で、テーブルにデンと置かれていたのは、‘新鮮魚の舟盛り’。
もちろん、‘タイ’は‘活造り尾頭付き’である。
リュミエールは‘タイ’と目があった途端、外へ飛び出した。
真っ青な顔をして木の根方にしゃがみ込むリュミエールを見て、母親は、親戚には適当に理由を付けてリュミエールを家に連れて帰った。





残りの夏休みを、リュミエールは図書館通いに費やした。
別に、宿題が溜まっていたわけではない。
ただひとつの宿題を除いて、他はすべてとうに終わっていた。
ただひとつの宿題、‘あなたのにがてなものは何でしょう? この夏休みにこくふくしましょう’だ。
新学期、リュミエールは四百字詰め原稿用紙三十枚に及ぶレポートを学校に提出した。
題名はこうだった。
〈にがてなものはどうしてもこくふくしなくてはいけないのでしょうか〉
内容は、無理強いしたことによる心理的影響、動物保護の立場から見た食生活、海洋資源の将来的展望など多義に渡った。
レポートの完成度の高さから、宿題をしなかった事へのお咎めはなく、来年度の宿題のあり方に一石を投じることになったのは子供にとって良かったのか、悪かったのか・・・。

それからリュミエールが尾頭付きの魚を口にすることは無かった。


おしまい


まゆ様のサイトの6000番を踏んだとき、すばるは「季節感のあるイベントとかあるとうれしいかも」とリクエストに付け加えていたのですが、
なんと!別創作を頂いてしまったのでした。一粒で2度おいしいすばらしいキリ番!いやー、もうまゆ様には足を向けて眠れません。

けなげで、でも頑固な少年リュミ様のかわいいこと!
トロワで、エルンストとのデート中に聞ける「熱帯魚の丸焼き事件」を思い出してしまいました。
しかしデフォルトで尾頭付きな魚料理って本当に多い、とおいしそうなレパートリーの数々を見て思うのでした。

まゆ様、かわいくて楽しいお話をどうもありがとうございました。

それにしても、海洋惑星出身で「アタマ付きがダメ」って、苦労しただろうなあ。有頭エビとかもダメなのかな。ちりめんじゃことかどうなんだろう…。

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