罪な人                   BY moon様


「やはりわたくしのせい、なのでしょうか……」

午前10時のティータイム、オリヴィエはリュミエールの執務室を訪れていました。
主の如く優しげなこの部屋の空気は、フル回転しはじめた頭にほどよい休息を与えてくれます。
そして何より、リュミエールの淹れるハーブティーはおいしいのです。
しかし今日は……。

ティーポットを片手に憂い顔で立っている姿もなかなか風情があるのですが、この調子ではいつになったらお茶が飲めるのか判りません。

「ちょっとリュミちゃ〜ん。いったい何があったのさ。」
突然そう問われたリュミエールは驚きで目を丸くします。

「なぜ……わたくしの胸の内がお判りになるのですか?」

「何でって……『わたくしのせいなの〜』なんて泣きそうな顔してりゃ気になるじゃないのさ。」
どうやら先ほどの言葉は無意識のうちの独り言だったようです。

リュミエールは言ったものかどうか少し迷った挙句、その口を開きました。

「聞いていただけますか? 実は……」

「スト〜ップ! その前にお茶淹れてくれない? お茶飲みながら話し聞くからさ。」



午後3時のティータイム、オリヴィエはルヴァの執務室を訪れていました。
主の如く穏やかなこの部屋の空気は、執務で疲れた頭をリラックスさせてくれます。
もっとも今オリヴィエの頭が疲れているのは執務のせいではないのですけど。
オリヴィエは午前中に聞いたリュミエールの話を反芻してみます。

『最近わたくしはルヴァ様に避けられているようなのです』

目の前でほえほえとお茶をすすっている人物はいつものとおりで、別段変わった様子は見受けられません。

「あんたも読めないヤツだよね。」

そんなオリヴィエのつぶやきにも「何のことでしょうかねー」と笑っています。

「それよりさ。アンジェとはどうなってるのさ。ちゃんと告白したの?」

お茶請けの大福に手を伸ばしかけていたルヴァの顔が強張ります。
そのポーズのままで固まって10秒後、やおら大きな溜め息をつきました。

「ちょっとちょっと、まだ告白してないワケ? 私があーんなにアドバイスしてあげたのに? まったく、どこまで奥手なんだか……」
「いえ、今まで何度かチャンスはあったんですけどねー。そのーリュミエールが……」
「リュミちゃん?」

今朝の話が再び脳裏によみがえります。

『顔を合わせてもすぐに目を逸らされてしまって……どこかよそよそしいのです』

「リュミちゃんに何かされたワケ?」
ルヴァはもごもごと口篭もっていましたが、観念したように話し出しました。

「えーとですねー、その、私がアンジェリークに思いを告げようとするときに限ってリュミエールに邪魔されるのですよー。」
オリヴィエは目を瞬かせています。
あのリュミエールが邪魔をするだなんて信じられません。
それに確か今朝のリュミエールの話では、と思い返してみます。

『わたくしには原因がさっぱり判らないのです』

「邪魔って……どういうふうに?」

「ええ、森の湖でのことなんですけど―――」


今日も例の如く聖地はぽっかぽかのいいお天気です。
別にそんな陽気に誘われたわけではありませんが、ルヴァはアンジェリークを誘って森の湖へとやって来ました。

『えー誰もいませんね、うんうん。魚も跳ねないようですし、リスも顔を出していないようですし。これなら大丈夫ですかねー。』

この日ルヴァはアンジェリークに告白しようという一大決心をしていました。
何日も前から今日のために念入りなシミュレーションを頭の中で何度も何度も行ってきました。

「あ〜今日もいいお天気ですね〜。」
ちょっとだけ声が上ずっています。
本人は顔が真っ赤になってしまわないように必死で心を落ち着けようとしています。

「あのですねー、あなたに話があるのですが……」
心臓が今までに体験したことのないような速さでドクンドクンと音を立てている中、ルヴァは思い切って話を切り出しました。

「えーあなたさえよければ、ですねー……その……私と」

ガサッ

ちょうどその時、草を踏む音がしました。
ルヴァが派手な音を立てる心臓を抑えつつそちらに目を向けると、スケッチブックを持ったリュミエールがこちらへとやって来ます。

「おや、おふたりとも、ごきげんよう。」
引きつったルヴァの顔に気づかないのか、ニコニコと笑いながらリュミエールは続けます。
「今日も良いお天気ですね。この陽射しにきらめく湖を写生しようと思っているのですよ。」


「―――というわけなんですよ。」
「ふ〜ん。リュミちゃんはそのまま写生をはじめちゃったってワケか。でもそれだけで邪魔されたっていうのは言い過ぎなんじゃない?」
ルヴァはふるふると首を横に振ります。
どうやらまだあるようです。


オレンジ色の西日が差し込む地の守護聖の執務室。
部屋にはルヴァと彼が思いを寄せる女王候補。

『あーこれはいいムードなのではないでしょうか。ここで告白してしまいまうというのもいいかもしれませんねー。』

この夕焼けの中なら顔を真っ赤しても気づかれないでしょう。
「あーあのですねー、私の話を聞いていただけますか? 実は私はあな」

トントン

ちょうどその時、ドアをノックする音がしました。
ルヴァが入室の許可を出す前に開けられたドアの向こうに立っていたのは、手に見慣れない葉っぱを持って微笑んでいるリュミエールでした。

「ああ、アンジェリーク、あなたもいらしたのですね。ごきげんよう。」
ルヴァはちっとも『ごきげんよう』な状態ではなくなっていましたが、リュミエールは構わずにに続けます。

「ルヴァ様、先日見せていただいたハーブ図鑑をもう一度見せていただけませんか? 実はわたくしのハーブ園に見慣れない植物が生えていたのです。」
そう言いながらリュミエールは本棚の前で熱心に本を探し始めてしまいました。


「……」
「……でもさ、リュミちゃん本人にはこれっぽっちも悪意なんてないんでしょ。」

「そう、でしょうか? 庭園でもアンジェリークの部屋でもいい雰囲気になると必ずリュミエールに邪魔されるんですよー。もしかしたらリュミエールもアンジェリークのことが好きで、だからわざと邪魔しているのではないかと……」

オリヴィエを見るルヴァの顔にははっきりと『どうにかしてください』と書いてありました。
そんなルヴァの顔を見て、やっかいなことに足を突っ込んだとちょっと後悔しはじめているオリヴィエでした。



翌朝、オリヴィエはリュミエールを引っ張ってルヴァの執務室へと向かっていました。

「オリヴィエ、やはりわたくしは気が進まないのですが……」
「ダ〜メダメ。白黒ハッキリさせなくちゃね。」

3人の間を気まずい空気が流れています。
ルヴァはそわそわと視線を彷徨わせ、リュミエールは俯いたままじっとしてます。

「ねぇリュミちゃん、知ってる? ルヴァの『アンジェに告白大作戦』。」
ようやく顔を上げたリュミエールは驚いたような顔をしてルヴァを見つめました。
しかしふんわりとした柔らかい微笑みを顔に浮かべると言います。

「それは知りませんでした。ふふ、お似合いですね。」
ルヴァはいつもより2割ほど目を大きく開いてリュミエールをまじまじと見つめます。

「まぁね、お似合いだと私も思うよ。でさ、リュミちゃんにちょ〜っと聞きたいことがあるんだけど。」

「何でしょう?」

「ルヴァがさ、アンジェに告白しようとする度にどういうワケかリュミちゃんに邪魔される、って言ってるんだけど?」
リュミエールは再び驚いたような顔を見せると、小刻みに顔を横に振ります。

「わたくしが、邪魔を……?」

オリヴィエは昨日ルヴァに聞いた話をリュミエールに聞かせました。

「わたくしは……ああ、わたくしは何ということをしてしまったのでしょう……。ルヴァ様、どうかお許しください。」
「あーわざとではないと判ったわけですし。ですがこうも偶然が重なると、そのー……」
「リュミちゃん、昨日言ってたじゃない。ルヴァがよそよそしいって。こういうワケだったんだよ。で、これからどうしたらいいかっていうのを話し合いたいワケ。またこんなことがあったらちょ〜っとね〜、あんまりだし。」

リュミエールは目を伏せてしまい、ルヴァはもじもじしています。
オリヴィエが心の中で盛大な溜め息をついたとき、リュミエールがポツリと漏らしました。

「わたくしのことは木か岩だと思っていただければ……」
固唾を飲んでリュミエールの発言を聞いていたルヴァとオリヴィエはガクッと脱力してしまいました。

「ちょっとリュミちゃん、ふざけてる? そーいう問題じゃなくてさ。」
「私もあなたのことを木か岩だなんて思えませんしねー。」
「ふざけているつもりなどないのですが……。では、わたくしはこの先1週間は私邸に篭りますので、その間に告白なさってはいかがでしょう?」

これにはルヴァが異議を唱えます。
「ですけどねー、今は女王試験の最中ですし、それに1週間も出仕しなかったらジュリアスが黙っていないでしょう。」

「あ〜じゃあもうこうしよう。リュミちゃんはルヴァとアンジェがふたりきりのところに出くわしたらそっと立ち去る。ね、これで万事OKでしょ。」



ルヴァの執務室の開け放たれた窓から、風に乗ってリュミエールの弾くハープの音が流れ込んできます。
今ここにはルヴァとアンジェリークのふたりきり。

『リュミエールがハープを弾いているのは中庭ですかねー。あーこれなら邪魔される心配はありませんね。それに、このハープの音色はなかなかいい雰囲気を作ってくれていますねー。』

「アンジェリーク、えー今日こそはあなたに話を」

ビヨヨ〜〜〜ン

ちょうどその時、窓から奇怪な音が飛び込んできました。
外がざわついています。
どうやらリュミエールのハープの弦が切れて、その音を聞きつけた人たちが集まってきたようです。
アンジェリークも窓から身を乗り出して外の様子をうかがっています。

「どうして……こうなってしまうんでしょうねー……」
ルヴァの頭の中は真っ白、そのまま固まってしまいました。

一体ルヴァがアンジェリークに思いを告げる日はいつになるのでしょう。


■END■


オールキャラのとっても楽しいコメディとせつない物語が思う存分に堪能できる素敵なサイト「FAIRGROUND ATTRACTION」で、
最近なんだかキリ番ゲッターなちゃん太が8000番を踏みしめてオーナーのmoon様よりいただいた作品です。

お題は「地様か鋼様のラブコメ。ゲストキャラ水様。ただし黒い水様ではなく、天然ボケ希望。」というものでした。
実は「脇で光る天然な水様」っていうのが今すごく気に入っているのです。でも実際はそういうお話ってあんまり見かけないので、思いきってリクエストさせていただいたところ・・・

「そうなの!!まさに!こういう水様が見たかったの!!」

ああ、心臓鷲掴み、ですわ、moon様!!
また、恋する地様がとっても可愛いんですよね。ふふ。

moon様、素敵な作品をありがとうございました!!

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