ラヴァーズ・キッチン  〜LOVER’S KITCHEN〜
                                                   by みかん様


それは、穏やかな日の曜日の午後。

鋼の守護聖であるゼフェルの私邸で過ごす、アンジェリークの休日。

いつのまにか毎週の日課のようになっていて。その事実がアンジェリークの心を擽る。

それは今日とて例外ではなく、アンジェリークは楽しそうに鼻歌なんか歌って、キッチンに立っていた。

ゼフェルは、リビングにあるソファで、何やら機械と格闘中。

アンジェリークは、キッチンでお昼の仕度、というわけだ。

――― こんな時間が愛しいなぁ。

ゼフェルとアンジェリークの恋には障害もたくさんあって。

それを乗り切れたからこそ、今のこの倖せな時間がある。

それを想うと、やっぱり今のこの状態は、泣き出したくなるくらい倖せで。

アンジェリークは、ステップを踏みそうなくらい軽い足取りで、キッチンを歩き回っていた。

と、あまりに倖せな感情に浮かれていたせいだろうか。

「熱っ、」

お鍋の蓋が、アンジェリークの足をもろに直撃した。

カランカランと、床に転がるお鍋の蓋。

その異変に気づいたのか。

ゼフェルが、キッチンに顔を出す。

「どうしたんだよ、」

立ち尽くすアンジェリークの、足が赤い。さっきお鍋の蓋が直撃した太腿。

「蓋、当ったのか?」

「うん、失敗しちゃった、」

こくり、と頷くアンジェリーク。

段々、赤味を増してくる足は、次第にひりひりしてきた。

「なに突っ立ってんだよ! 痕残ったら大変だろっ!」

そういうとゼフェルは、アンジェリークの手を引っ張って、お風呂場に連れて行く。

「痛たた……、」

ひりひり痛み出した足に、顔を歪める。

「もうちょっと我慢しろ、」

ゼフェルが思い切り捻ったシャワーから、冷たい水が飛び出る。

「ちょっと痛ぇかもしれねぇけど我慢しろよ、」

「うん、」

アンジェリークは大人しく頷く。

ゼフェルは患部に直接、シャワーが当らないように自分の手に水流を当ててから水を当てる。

火傷はやっぱりひりひり痛んでいたが、アンジェリークはなんだか嬉しくなる。

「えへへ、失敗しちゃった、」

アンジェリークが口を開く。

「えへへ、じゃねぇよ。ったく、気をつけろよ、」

心底呆れ返った声が返ってくる。

「気をつけてたんだけどなぁ……、」

他愛無い会話。

暫くすると、足もいい加減冷たくなってきた。

直接、水に当てているゼフェルの手はもっと冷え切っていることだろう。

「ねぇ、ゼフェル。もう冷やさなくていいよ、冷たいもん」

「痕残るぞ、」

そういうゼフェルの右の手は、真っ赤になっている。

「大丈夫、痕残ってもゼフェルが責任とってくれるでしょ?」

「何もしてないオレが、なんの責任取るんだよ?」

そういいながら、笑う。

それと同時に、シャワーの栓を捻る。

「んじゃ、あとは氷で冷やしとけ、」

うん、と大きく被りを振った後。

アンジェリークは腕まくりを直してこう言った。

「さ、ご飯作らなくちゃ。」

ゼフェルの心底、驚いた顔。

その反応にアンジェリークの方が戸惑ってしまう。

そして次にゼフェルの口から飛び出した言葉で、アンジェリークは更なる衝撃を受ける。

「は? 今日は座っとけ。オレが作る。」

「ゼフェルが?」

「あぁ、だから座って冷やしとけ。」

「大丈夫なの?」

疑り深そうな視線を投げかける。

「驚くなよ、」

そういって、いたずらっ子のように目を細めて笑う。

「ほら、行くぞ」

立ち上がったゼフェルの手を借りて、アンジェリークは痛めた足を庇いながら台所へ向った。



※※※※※※



「ほら、これで冷やしとけ」

それは即席の氷嚢。

小さいビニール袋に氷を数個と少量の水。袋のてっぺんは、力強くきゅっと結ばれている。

「ありがと、」

あまりの周到さに、驚きつつもアンジェリークは素直に受け取る。

「ほら、これ持ってあっちのソファで休んでろよ、」

「やだもん、」

「やだもん、ってオマエなぁ……。そんなにオレが信用ならねぇのか?」

「見てたいの、ゼフェルのお料理するとこ」

「見せもんじゃねぇっていうの、」

そう言いつつも、ゼフェルはアンジェリークを追い払ったりはしなかった。

ひりひりしている火傷に、タオルの上から即席氷嚢を当てながら。

アンジェリークはキッチンのカウンターにある小さな椅子に腰掛けた。

カウンター越しに、ゼフェルが見える。

アンジェリークはなんだか不思議な気持ちだった。

そこに自分以外が立つのが、なんだか違和感にすら思えたのだった。

「ねぇ、私居ないときは、やっぱりそうやってそこに立ってお料理してるんだよね?」

「あぁ?いや、滅多に自分じゃ作らねぇな。そいや、オレここ使うのかなり久し振りだな、」

そう言って、バタンバタンと頭の上の扉や、下の収納庫の扉を開けている。

「何か探してるの?」

「あぁ、作る時の器。こう丸っこくて銀色の……」

「もしかしてボールのこと?それはね、ゼフェルの足元の一番右の扉の中」

ゼフェルの手が、アンジェリークの言ったとおりの場所に伸びる。

そしてそこで探していたものを発見。

「んじゃフライパンは?」

「その隣の扉の中、」

ゼフェルの手は、またもアンジェリークの言った場所に伸び、そこから鈍色に光るフライパンをひとつ取り出した。

「ゼフェル、どうすんの?一人じゃお料理もできないじゃない。」

アンジェリークはそう言ってクスクス笑う。

「料理の腕はあるから大丈夫だ、」

と、しっかりと強がっている後ろ姿を見て、ほんわかしてしまう。

「それにアンジェが場所知ってるんだから、何も問題ないだろ?」

さらりと言われた言葉に、アンジェリークはどきりとしてしまう。

――― 時々平気な顔してすごいこと言うんだから、

意識しているのか、全く無意識なのか。アンジェリークの専らの悩みどころである。

不意打ちの何気ない一言に反応し、さっと染まってしまった自分の顔を。

ゼフェル気付かれることのないよう、彼が後ろを振り返らないことを、赤く染まった頬に手を当てながらそっと願った。



※※※※※※

「ヤキソバ……でいいか?」

アンジェリークは、大きく頷いた。

「うんっ!ゼフェルが作ってくれるのならなんでも嬉しい、」

アンジェリークは満面の笑みで答える。

ゼフェルは、「よっしゃぁ、」と掛け声をかけて、冷蔵庫から勢いよく野菜を取り出した。

「ヤキソバってバーベキューみたいだね、」

――― 青空が良く似合うよね。オニギリもそうだけど、

アンジェリークがぼ〜っと思っていると、ゼフェルが反応する。

「庭で食うか?」

「うんっ!」

――― どうしてこう、私の言いたいことを解かってくれるんだろ?

にわかに心が騒ぎ出す。やっぱり、ほんのりと色付いていく頬。

――― ゼフェルの言葉は不思議だな。私の心をいつも揺らすんだもんなぁ。

アンジェリークにとって、一番嬉しい言葉を放つのはゼフェル。

一番哀しかったり痛かったりする言葉を放たれる相手も、ゼフェルだけ。

アンジェリークはそんなことをぼんやり考えつつ、ふいにゼフェルに目を向ける。

先ほどアンジェリークの心を倖せ一杯に揺らすような言葉を吐いた本人は、口笛を吹きながら、冷蔵庫から出した野菜をそのまま切ろうとしていた。

その行動がアンジェリークを現実に引き戻した。

「あぁ、駄目、ゼフェル。野菜は洗ってから切らないと!」

そのまま包丁を入れようとしていたゼフェルの腕の動きが止まる。

「このまま食っても死にゃしねぇって。」

なんでもないことのように、さらりという。

「駄目だってば!虫とかついてるかもしれないでしょ?」

アンジェリークは必死で抗議をする。

「たっく、うるせぇなぁ。死にゃしないって、」

そういいながらも、ゼフェルの手は蛇口に伸びる。

じゃばじゃばじゃばっと、実に男らしい洗い方をする。……言わせてもられば大雑把。

アンジェリークは、心の中で「それじゃ意味がない〜〜っ」と突っ込んだ。

それを口に出そうとしたとき。

くるりと、振り向いたゼフェルの顔。これでどうだ!と言わんばかりの満面の笑みで。

「これで文句ないだろ?」

あまりにも晴れやかなその顔に。

アンジェリークは思わず吹き出してしまう。

「何、笑ってんだよっ!」

「いや、なんかいいなぁと思って。」

突然笑い出したアンジェリークに。

何か自分が愚行を犯したのかと思い、ほんの少しバツが悪そうに、耳まで染めて。

アンジェリークに背中を向けて、包丁で野菜を切り刻みはじめる。

それは、タンタンタンと軽快な音で。

アンジェリークは少し驚いた。

「……包丁の良い音がするね、」

アンジェリークはぽつりと呟く。ゼフェルからの返事はない。

「お母さんの音みたい、」

「オレはお母さんかよ、」

背中しか見えなくても、ゼフェルが苦笑いをしているのを感じる。

「好きだったな、お母さんの音。キッチンでトントントンって音がして。気付くと、美味しいご飯が出来てるの。

さっきまでは確かに、まるごとのお野菜だったりしたものが。きちんとお料理になるの。魔法みたいだと思ってたな、」

アンジェリークは、独り言のように想い出を語る。

ゼフェルと供に生きていくと決めた瞬間から。会うことが叶わなくなった人達が大勢いる。

その選択に全く後悔はしていない。でも、想い出は心に褪せない。

「オレは、最近そう思うようになった、」

カチッとコンロを回す音がして、今度はフライパンに手をかけながら、ゼフェルは話す。

「日の曜日に。オレが夢中になって機械いじってたりすると。キッチンからすげぇいい匂いがしてきて。

そのうちオメェが、ご飯が出来たって言う。」

ゼフェルの手は留まることなく動いていて、油を注いで暖まったフライパンで炒め始める。

じゅぅっと料理をしている音がする。気持ちの良い音。

「目の前に広がってるものは、確かにここのキッチンで作られたものだろ?そうに違いねぇんだろうけど。

どう見てもいつも信じられねぇんだよな。」

「魔法みたい?」

ゼフェルは、暫く逡巡するような素振りを見せて。

なるべく素っ気無い風に「あぁ、」と一言返す。

アンジェリークは、胸がいっぱいになる。

――― どうしてこの人は、何気ない一言で、こうも私を動揺させるのが上手なんだろ?

悔しいような、柔らかいような気持ちになる。

ゼフェルの背中に飛びつきたいくらいに、倖せな気持ちにもなる。

でも、ゼフェルはただ今、フライパンと健闘中―――。

フライパンの中の具が、綺麗に空を切りまたフライパンに戻ってくる。

「うわぁ。ゼフェル、すごい。テレビの中華屋さんみたい!」

「そうか?」

そう言って、得意そうにさらに中の具を飛ばす。

「わわわ、落ちるってば。あまり無理しないでよ、」

アンジェリークは笑いながらいう。

ゼフェルの左手に塩コショウ。

躊躇うことなく、入れる。

「ちょ、ちょっとゼフェル、調味料入れすぎじゃない? 味見とかしないの?」

首だけ、アンジェリークの方に向けて、得意そうにいった。

「大丈夫だって、絶対ぇ旨ぇから、」

――― その根拠はどこからでてくるの?

そう訊きたかったが、訊けないアンジェリークだった。

ゼフェルの笑顔があまりにも、ヒットしてしまったからだとは、悔しくて言えないけど。



※※※※※※



かちりとコンロを止める音がする。

「熱ぃ、」

そう言いながら、ゼフェルはたった今作り上げたフライパンから味見をしている。

「ん、うめぇ。まずまずの出来だな、」

ゼフェルが一人満足そうに、頷いている。

「あ、ゼフェル、ズルイ! 私にも味見させてっ!」

「たく、それが人にものを頼むときの態度かよ?」

そう言いつつも、フライパンを持ったまま、近づいてきてくれる。

「あ〜ん、」

アンジェリークは、可愛らしく口を開けて待ってみる。

「あ、オメェ何やってんだ?」

「味見待ち♪」

「自分で……、」

「怪我してるんだもん。甘えさせてよ、」

そう言って、あ〜ん、と再度口を開けてみる。

「ったく、怪我したのは手じゃなくて、足だろが、」

苦笑しつつも、器用に箸でつかんだそれを、口に運んでもらう。

「……熱っ、けど美味しい!嘘だぁ、」

「嘘ってなんだよ、嘘って。」

口では毒づいているが、ゼフェルの顔はめちゃくちゃ嬉しそうだ。

「だって、あんなにめちゃくちゃな調味料の遣い方だったのに・・・」

「だから言ったろ、旨いって、」

ゼフェルの最上級の笑み。

不意打ちに、思わずアンジェリークの心は大きく波打つ。

「おめぇ、熱出てきたんじゃねぇのか?顔赤いぞ、」

「な・なんでもない。大丈夫、」

いつもなら、キッチンはアンジェリークのテリトリーで。

アンジェリークが上位になれる空間のはずなのに―――。ゼフェルの一挙一動は未だに私の心を囚えて離さない。

そんなアンジェリークの心の葛藤も知らずに。

「もう少し待ってろ、皿に盛ってくっから、」

フライパンを持って、再びキッチンの奥に戻っていく。

その笑顔に打ち抜かれている少女が存在することに、全く気付かずに。



※※※※※※



暫くしてお皿に盛ってこられたヤキソバ。

ご丁寧に紅しょうがまでついている。

二枚のお皿をカウンタに置くと。

アンジェリークの肘を掴みゆっくりと立たせる。

「ほら、そこの窓まで歩けるか?」

「ゼ・ゼフェル、ヤキソバ持たないと。」

優しく手を取られ、緊張する。

突然触れられた腕が熱くなって、どきどきした。

今までゼフェルに触れられたことは、何度だってある。

それでも、こう言った不意打ちに、未だ馴れることはない。

心臓が、びくんと飛び跳ねるような感触。

そんな彼女の心情を知らず、ゆっくりした歩調で、アンジェリークを庭へと誘導する。

足に負担をかけないように、ゆっくりと進んでいく二人の歩調。

「・・・っっ、まどろこっしぃ!」

突然叫んだゼフェルは、アンジェリークを抱えあげる。

「え?ちょ・ちょっと、ゼフェルってば!」

ゼフェルの腕の中でお姫様抱っこと化しているアンジェリークが、小さく身じろぎする。

「お・降ろしてよ。歩けるよ〜〜、」

「黙ってろって。落としちまうだろ? この方が何倍も早ぇ。」

落としてしまう、という単語にアンジェリークはぴくりと反応する。

何があってもゼフェルが自分を落とすことはない、と解かってはいるけど。

それでも大人しくゼフェルの腕の中に落ち着くことにする。

そ〜っと視線を上げて、ゼフェルの眸を覗き込む。

綺麗なガーネット。曇ることなく、澄んだ眸で何を見据えている。

――― いつの間に、この腕の中を安心する場所として感じるようになったんだろ?

アンジェリークは、ふとそんなことを思う。

ゼフェルは真っ直ぐしっかりした足取りで歩く。

窓を開け、庭に出る。

開けた空間の、石畳のひとつにアンジェリークをゆっくり優しく降ろす。

「椅子、持ってこなきゃな、」

そう言って小走りに走っていく。

一人暖かい空間に残されたアンジェリークは、ゼフェルの温もりを噛み締めていた。



※※※※※※



暫くするとゼフェルが現れる。

白いプラスチック製の椅子とテーブルを持って。

それをアンジェリークの目の前に、いとも軽々と置くと、また直ぐ家の方に戻っていく。



次にゼフェルが現れたときには、ヤキソバがこんもりと乗った白いお皿がお盆に乗って。

グラスふたつと水差しを片手に持って。

それを器用に机の上に置くと、アンジェリークに向って口の端をあげる。

「坐っとけよな、あと1回で運び終っから、」

ゼフェルはそう言って再び消える。

アンジェリークは、今ゼフェルが机の上に置いていったヤキソバとグラスをテーブルにセッティングし始める。

それぞれのお皿には、今にも零れそうなくらい、こんもりと盛られているヤキソバ。

量の多い方をゼフェルに・・・と思ったのだが、見事にほとんど同じ量くらいずつ盛られている。

それを見て思わずアンジェリークは笑ってしまった。

――― ゼフェル、お互いの食べる量の違いなんて全く気にしてないんだろな、

アンジェリークがご飯を作る時は、ゼフェルの方をちょっと多めによそう。

どう考えたって、アンジェリークよりゼフェルの方が沢山食べるのだ。

必然的に、彼のお皿の方が、量が多くなる。

しかし、今、目の前にあるそれは。

そんなことは全く考慮されていないであろう盛り方。

アンジェリークが思わず笑ってしまったのも当然と言えば当然だろう。



ゆっくりとグラスに水差しからミネラルウォーターを注ぐ。

太陽の光を浴びて、綺麗なプリズムが映し出される。

ヤキソバの横にグラスを置く。

セッティングも終ったころ。

ゼフェルが再度両手に荷物を抱えてやってくる。

クリアなボゥルに入ったサラダと、取り皿。

それに丸ごとの林檎を二つ。

それをトンとテーブルの真ん中に置く。

「さぁ、食おうぜ、」

そう言って手渡される割り箸。

ゼフェルは器用に割り箸を口唇に咥えて、左手の人差し指を使いそれを割る。

その様を見て、思わず微笑む。

「いただきます〜♪」

アンジェリークも、両手を前にあわせてからヤキソバに箸をつける。

「美味しい〜、」

「だろっ、」

得意そうなゼフェルの顔。

陽の光を浴びて、キラキラ輝く。

「外でご飯食べるの気持ちいいねっ。おまけにゼフェル作ってくれたし♪」

アンジェリークは上機嫌で言葉を紡ぐ。

頬を風が撫ぜていく。動く空気、空からは柔らかい陽射し。

「ほら、これも食えよ、」

そう言って、ゼフェルは色とりどりに盛ってあったサラダにドレッシングをかける。

「ドレッシングも作ったの?」

アンジェリークは驚いた表情を見せる。

「あぁ、絶対ぇ旨ぇから食ってみろって、」

そう言ってゼフェルは、アンジェリークのお皿にサラダを取り分けてくれた。

――― 普段なら絶対やらないのに、

「ほら、食ってみろよ、」

そう言って手渡されたお皿。

「ありがと、なんだかお姫さまになった気分かも、」

そう言ってにっこりと笑ってサラダを受け取る。

「馬鹿言ってんじゃねぇよ、」

軽く耳を染めてゼフェルは言う。



緑色の葉っぱを口に入れた瞬間。

「うわぁ、このドレッシング美味しいよ、どうやって作ったの??」

「教えねぇよ、」

へへん、という声が聴こえてきそうな得意気な顔でゼフェルは答える。

「教えてよっ。今度作るんだから、」

「オレ秘伝だからなぁ・・・」

なんて、偉そうにゼフェルは恍けている。

「んじゃ、私が食べたいっていったら、ゼフェル作ってくれる?」

ゼフェルの右眉がぴくりと上がる。

「あぁん?」

「作ってくれるの?」

アンジェリークは真剣な眸で、ゼフェルを見た。

「オレが作るのと、教えてやるのと、どっちがいい?」

意地悪そうな顔でゼフェルは問う。

「どっちも捨てがたいかも・・・」

アンジェリークは真剣に悩みこむ。

そんな様子を見て、ゼフェルは微笑む。

「まぁ、オレが居る限り、いつでも食えるってことだ、」

照れ隠しなのか。沢山のヤキソバを口に運びながら話す。

「そっかぁ、それならいいかなぁ、」

アンジェリークは呟きながら、一人納得する。

……その言葉の意味を噛み締めながら。

「でも……、」

「あん?」

大量のヤキソバが口に含まれたまま、間の抜けた返事をするゼフェル。

「とりあえず、今度ゼフェルと一緒にキッチンに立ってみよっと。そしてこっそり盗んじゃうもんね〜、」

アンジェリークがにっこり笑う。

「一緒に?」

ゼフェルは慌ててヤキソバを飲み込む。

「そう、一緒に♪」

「……やっぱ、教えるから、おめぇが作れよ、」

「なんで?一緒にお料理しようよ、」

「なんでか、あの台所にオレが立つの似合わねぇ気がしてならねんだよ、」

ゼフェルは何の気なしに言う。

「おめぇが立ってて……なんかしっくり来るって言うか・・・」

ほんの少し気恥ずかしくなったのか。ゼフェルは鼻の頭を指先で掻く。

アンジェリークはその言葉が凄く嬉しかった。まるで、勲章を貰ったかのように。

そしてアンジェリークも自分の気持ちを、言葉に載せ始めた。

「でも、私今日すごい嬉しいよ、ゼフェルのご飯。……キッチンに立ってるゼフェル、すごいカッコよかったし。」

ほんの少し、頬を染めならがアンジェリークは告白する。

「たまには、こんな日があってもいいかなって。あのキッチンに2人で立てたらいいなぁって。ちょっと想ってた、」

アンジェリークは、ヤキソバを食べる手を止めてゆっくりと言葉を紡いでいく。

「火傷しなかったら、ゼフェルがキッチンに立つなんてことはなかったのかもしれないけど。さっきね、ゼフェルがキッチン

に立っていた時。なんで、今私はゼフェルの横に立っていられないんだろうって想ったよ。」

アンジェリークの独白は続く。心の底に感じてた想いを言葉にすることは、とても恥ずかしくて……勇気が必要で。

ほんわりと色付いていくのはその頬だけには留まらず、耳まで到達していた。

ずっと黙って、アンジェリークの独白を聞き続けていたゼフェルは。

アンジェリークの感情の詰まった言葉を、受け止めるかのように。

その口の端をきゅっとあげてみせた。

「早く、火傷治せよな。それからだろ、」

そう言って目を細めて笑う。

「うん!」

アンジェリークは、満面の笑みで応える。自分の気持ちを他の誰でもない彼に、認めてもらえたことの歓び全てをその面に表して。

「ほら、残さずきちんと食えよ、」

ゼフェルは照れ隠しなのか、口に入りきらないほどのヤキソバを頬張りながら言う。

「うん!……って言いたいけど。ゼフェル、これ私のお皿によそい過ぎだよ・・・、」

アンジェリークは苦笑いをしつつ言う。

穏やかな陽射しの中、この上ない柔らかで倖せ時間が過ぎていく。

自分のお皿のヤキソバだけじゃ、やっぱり満足できなかったゼフェルが、アンジェリークのお皿からヤキソバを貰って。

持って来た林檎の皮をするするとアンジェリークが剥く。当たり前のように、林檎がいつもお皿に乗ってる状態になる。

今まで当たり前に感じていた自分の食べる量、お料理の厄介さ。相手を思いやる気持ち。

アンジェリークがいないだけで、彼女の偉大さを改めて知った。どんなに自分が想われているか。

きちんと切られた林檎を、ゼフェルは口に運ぶ。

アンジェリークが剥いてくれた、という事実と共に。



来週あたりには。

ゼフェルの私邸のキッチンから、2人分の賑やかな声が聴こえてくるのだろう。

優しい空間に包まれながら。

そこは、新しい恋人達の空間。―――ラヴァーズ・キッチン。


素敵に仲よしな鋼様とリモージュのお話が楽しめる、みかんさんのサイト「Imperfect Planet」で、
Teruzo-が1400番を踏んで書いていただいたものです。
お題は「ゼフェアンあまあま」。なんてストレートなんでしょう。ほほほ。

そうして出来上がったこの作品は確かに掛け値無しの甘さです。
二人のほんわかぶりや、甘くてもさわやかなムードはみかんさんの持ち味!
たっぷり堪能しては「へへへ、えーなあ」、とだらしない顔でにまにまするのでした。

みかん様、すてきなお話をありがとうございました!

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