気がかりなこと  by moon様


「ただひとつ……」
事の発端はカティスがつぶやいたこんなひと言だった。
「……ただひとつ気がかりなのはジュリアスとクラヴィスの仲の悪さだな」
いつものように快晴の聖地をカティスとルヴァは散策していた。
風に揺れる草花や木々を縫うように飛び回る小鳥たちを、カティスは目を細めて眺めた。
その横顔をそっと見ているルヴァ。
間もなくここを去る友人の横顔は心なしか寂しそうで、彼は何事か決意を秘めた瞳で小さく頷いた。


「カティス、いらっしゃいますか〜?」
翌朝、ルヴァがカティスの執務室にひょいっと顔を出した。
「あぁ、いらっしゃいましたね。おはようございます。」
「どうした、ルヴァ?」
部屋の主は両手にじょうろを持ったまま友人を迎え入れた。
ルヴァはなにやら大事そうに本を抱えている。
カティスは水やりを途中で止めて、ふたり分のコーヒーを入れた。
「えー昨日のお話なんですが……」
出されたコーヒーの熱さにちょっと眉を寄せてルヴァが切り出した。
「……たまたま、そう、たまたま私の部屋にこういう本がありましてね」
カティスは本を手にとり、眺めた。

<おまじない大全集>

カティスは何のことか判らずに、しげしげと本の表紙を見つめた。
「どうでしょう。【ジュリアス&クラヴィス関係改善大作戦】に役に立ちませんかねぇ」
「そのことか」
合点がいったカティスだが、そうなるとこの本のサブタイトルが気になった。

<〜恋する貴女のつよ〜いみ・か・た(はぁと)〜>

『ふざけているのか?』
本を返しながら、カティスはルヴァに視線を送る。
しかし当のルヴァは大真面目らしく、ページを繰って熱心に適当な方法を探しはじめた。
「あ〜これなんかどうでしょうねぇ」

―――二枚貝の内側にピンクのマニキュアでふたりのイニシャルを書いて接着剤でぴったり閉じる

「マニキュアでしたらオリヴィエが持っているでしょうし、二枚貝でしたら私のところに、ええ、ちょうど昨晩しじみのミソスープを飲んだので私のところにありますね、うんうん」
「ルヴァ……」
「それともこちらはどうでしょう?」

―――さくらんぼのそれぞれの茎に自分と彼のイニシャルを書いて2つに結んで持っている

「あんな細いものに書くんですかねぇ。でもイニシャルですからね。“J”と“C”なら何とかなるでしょう」
「おい、ルヴァ……」
いつものことではあるが、ルヴァは活字に夢中になると周囲の音が聞こえなくなってしまうらしい。
呼んでも無駄だと悟ったカティスは、ゆっくりとコーヒーをすすった。
「こういうのもありますねー」

―――仲直りしたい大切な人を思いながら輪ゴムを2つ繋いで校庭の隅に埋める

「校庭はないですから庭園の隅にでも埋めましょうか。あ〜しまった〜〜〜っ!!」
「どうしたんだ、ルヴァ?」
「ええ、これは本人じゃないとできませんねぇ。我々がジュリアスやクラヴィスを思いながら埋めても、ねぇ?」
ねぇ? といわれても困るのだが、ルヴァの気が本から逸れた機を逃さずカティスが尋ねる。
「その本に書かれているおまじないは効果があるのか?」
「う〜ん、どうでしょうねぇ。かなり眉つばなものも書かれているかもしれませんよー」
「だろうな」
カティスは大きく溜め息をついた。
安堵の溜め息だったのだがルヴァにはカティスが残念がっているように思えたらしい。
懸命にページをめくっていろいろなおまじないに目を通していく。
「……あ〜これなんかは信憑性がありそうですよ?」

―――ラブラブフラッシュ

「火龍族に伝わる効果覿面のおまじない、と書いてありますからね」
「火龍族? 龍の惑星のか?」
「ええ、そのようです。ほら」
そこには挿絵入りで詳細なラブラブフラッシュのやり方が記されていた。
ルヴァは一点の曇りもない瞳をキラキラさせながらカティスを見つめている。
その様があまりにも子供じみていたので、カティスはつい頬の筋肉を緩めた。
『しまった』
慌てて口元を手で押さえたが時既に遅し。
「では、これに決めましょうねー。うんうん、楽しみですねー。」
「待て、ルヴァ。考えてもみろ。火龍族でもないのに出来ると思うか? いくらサクリアがあるといっても占いやおまじないの能力とは違うんだぞ?」
「成せばなる、成さねばならぬ、何事も。……頑張りましょう。私たちで。」
私たちで? なぜ複数形なんだ? というツッコミを入れたかったが、瞳キラキラ攻撃の前にカティスは言葉を飲み込まざるをえなかった。
「ね?」
駄目押し。
聖地でのひとつの思い出作りと腹をくくり、カティスは小さな溜め息とともに返答した。
「……ああ、判った」
「それではですねー、準備やら何やらありますから、明日執務が終わったら私の家に来てくださいねー」
楽しみですね〜と言いながら満面の笑顔で出て行くルヴァを見送りながら、今度は大きな溜め息がカティスの口から洩れた。
諦めの溜め息。
そして彼の心の中には、形の定まらない何かもやもやとしたものが生じた。


「あーお待ちしてましたよ、カティス。準備は出来てますからね、さっそく始めましょう」
邸の主に迎え入れられても、カティスは目を点にして暫くの間その場でルヴァを凝視していた。
「どうかしましたか?」
カティスの点目を覗き込みながら、ルヴァはそう不思議そうに尋ねた。
ルヴァから無理やり視線を逸らすためにカティスはゆっくりと室内を見わたした。
部屋の隅では困り顔の使用人が立ちすくんでいる。
「さあ、どうぞお入りください。おや、その手に持っているのは?」
「あ、ああ、土産だ」
館に入りながら、カティスはワインの瓶をルヴァに渡した。
「すみませんねー。お気をつかわせてしまって」
「ルヴァ……」
「はい?」
「……その、格好は何なんだ?」
「これですか?」
ルヴァは足にヒラヒラと纏わりついている薄手の布をちょっとつまんでみせた。
「えーこれはですね、火龍族の占い師の衣装なんですよー。ほら、昨日の本にも載っていましたでしょう?」
確かに乗っていた。
ニコニコと笑うルヴァにカティスは軽い眩暈を覚えた。
「だがそれは……」
絶句したカティスの言わんとすることを察したのか、ルヴァはほんのり頬を赤らめながら言う。
「あーあなたの言いたいことは判りますよ、カティス。ええ、これは女物です。占い師は女性が多いようでしてね。男性が戦闘能力が高い分、女性はこういった呪術能力が高いんですよ。これは何も火龍族に限ったことではなくてですね、ほら、女の勘っていうのが――」
ルヴァの説明をカティスはうつろな顔で聞いていた。
「――それでですね、あなたの分もちゃんと用意してありますよ、カティス」
「…………は?」
言葉を理解するのに時間がかかった。
「はい、これです。あなたは逞しい体をしていますからねー、きっとお似合いになりますよ」
赤を基調とした衣装――衣装というよりは寧ろ布――を渡されて、カティスは再び点目になった。
「……この衣装を着なくちゃならんのか? そうしないとそのラブラブフラッシュってやつはできないのか?」
冗談ですよ、と言って欲しい。
こんな恥ずかしすぎる思い出はいらない。
そう心の中で叫ぶカティスだったが、その思いは次のルヴァの言葉で見事に打ち砕かれた。
「やはり素人ですからねー、私たちは。形から入りませんと。それにですね、衣装というのはとても重要な意味を持っているのですよ。神官には神官の、巫女には巫女の、戦士には戦士の衣装があります。それは衣装に精神を同調させて己の役割というものを自他に認めさせ確立していくためなんですよー」
真顔で説明するルヴァの表情には一点の悪意も感じられない。
すべて善意。
カティスは心の底から思った。
それは昨日生じたもやもやしたものの正体でもあった。
『地の守護聖ルヴァ、恐るべし……』

その日、地の守護聖の私邸の一室からは「ジュリアスの心、クラヴィスに届け、ラブラブフラ〜〜〜ッシュ!」とか「クラヴィスの心、ジュリアスに届け、ラブラブフラ〜〜〜ッシュ!」という半分やけくそ交じりの声が夜通し聞こえてきた。
もちろん、カティスは自分が持参したお土産のワインを一杯ひっかけてから事にあたったのは言うまでもない。


朝もやの立ち込める中、聖地の門の前でカティスは肩にかけた荷物を背負い直した。
「行くのか?」
突然声をかけられ驚きながら振り向いたカティスの目に映ったのはジュリアスとクラヴィス。
カティスは目を細める。
「何故黙って行くのだ?」
叱責するような問い詰めるような口調だが別にジュリアスは怒っているわけではない。
それが判っているからカティスの顔には微笑みが浮かぶ。
「別れが辛くなるからな」
カティスはふたりの顔を交互に見ながら頷いた。
「なぁに、お前たちのことは心配していないさ。大丈夫だ」
ジュリアスは憮然とした表情を浮かべ、クラヴィスは小さく鼻でフンと笑った。
「だがな、もう少し仲良くしろよ。まぁ、手を繋げとまでは言わんがな」
再び目を細めたカティスは、聖地を――彼ら守護聖も含めた聖地という風景を眺めた。
愛しいものを見つめる瞳で。
「いい思い出、楽しい思い出、そんなものばかりだな、ここには」
そう言いながらも一瞬表情を曇らせるカティス。
「……どうした?」
真っ直ぐに見つめてくるクラヴィスの視線に口ごもる。
「いや……まぁ、いいんだ」
「マルセルのことを気にしているのだったら我々に任せるがいい」
「いや、あいつのことは心配していないさ」
ジュリアスとクラヴィスは黙ってカティスを見ている。
カティスは天を仰いだ。
「ただひとつ」
やがて決心したように大きく息を吐くと、今まで見せたこともないような真顔で言った。
「……ただひとつ気がかりなのはルヴァだ。やつは善意がお人好しという服を着て歩いているようなもんだ。だがどうにもこうにも常識というものが世間一般のものとは違うらしい。暴走しないように気にかけてやってくれ」
あの夜の恥ずかしい出来事を思い出したのか、カティスは左右に小さく首を振りながら聖地を後にした。
キョトンとしているジュリアスとクラヴィスを残して。


◆END◆



moon様のサイトでちゃん太に続いてすばるも16000番をゲットいたしました♪ええ、実は遙拝所をあげてずっと狙い続けているのですよ、moon様のキリ番。
カティス様がお好きと聞いて、是非書いていただこうということに。実はうちのサイトではひそかに「いただき物でオールキャラクリア」の野望があることを告白いたします。

そして頂いた作品はmoon様お得意の上質コメディ。

地様派のすばるはルヴァ様のあまりのかわいらしさにぐるんぐるん回り、ひそかに前緑×地が気に入っているTeruzo-はカティス様の言動に萌えまくり、光様派のちゃん太はこのすてきな2人にここまで心配してもらえる光様、というシチュエーションにひたすら陶酔し。(←かなりまちがった反応ばかりの気が…)

moon様、すてきなお話をどうもありがとうございました!

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