恋のやきもちお汁粉でどうぞ          
                                 YUKI KITAMURA様


未来の女王の遣わした大陸、アルカディアでは新女王のアンジェリーク・コレットの活躍によってラ・ガに封印されたアルフォンシアが解放され、無事、アンジェリーク・リモージュ女王たち一行は自分たちの聖地に帰ることができた。
リモージュ女王がアルフォンシアのことを「ハンサム」とのたまったことに対し、ロザリアは、もしこれが女王の恋人である光の守護聖ジュリアスの耳に入ったらどうしようなんてやきもきしたりもしたが、まあ、女王の軽口はいつものこと。別に大した、というか何の波風も起きなかった。
「陛下。お言葉にはお気を付けくださいましな」
口の軽いリモージュ陛下に対して、時々ロザリアは注意する。恐れ多い、とも思わなくもないが、矢張り少々女王としては軽すぎる。だが、いつも女王はコロコロと笑い、
「大丈夫よ。何たってジュリアスってばわたしにゾッコンなんだから!」
と、取り合わない。
別にジュリアスがどうということではなく、あくまで女王としての威厳と神秘性が問題なのだとロザリアは思っている。
”陛下ったら、本当にジュリアスのことしか頭にないのね”
溜息混じりの苦笑が口元に浮かぶ。
厳密にジュリアスのことだけという訳ではない。いくらリモージュでもまがりなりにも女王なんだから、宇宙のことも考えている。
「まあ、多少はねえ。でも、わたしたちの宇宙って平和だしィ」
つい最近「皇帝」に滅ぼされそうになったことなんてもうはるか遠い記憶の彼方。
「いっそのこと、コレットに両方の宇宙を頼んじゃおッか。そうすればわたしは晴れてジュリアスのお嫁さん!アコガレの専業主婦?うふっ!」
ひとり、何かを夢想してニヤニヤ笑っている女王。
ロザリアはこめかみを押さえながら、
「陛下。もし、そうなったらジュリアスは女王フェチ、もとい命ですからあちらの宇宙に行ったきりになりますわよ」
と、おどす。
「そっか。じゃ、いいや。やっぱわたしがやるわ」
あくまで脳天気なリモージュ陛下だった。

の、はずだったが。


1

「ああ。やってもやっても終わらないわ」
仕事熱心なロザリアでもつい愚痴をこぼす程、仕事は溜まっていた。

アルカディアに行っていた間、本来の仕事は何もできなかったのだから仕事が溜まっているのは当然だ。
”まあ、ある意味、よく宇宙崩壊しなかったわ”
今さらながら女王の偉大さに敬意を払う。
と、いうことにしておこう。
大体、女王、女王補佐官、守護聖の全員が90日も不在だったのに何事も起きないなんて全く以てお気楽な展開だ。
”一体、この宇宙にとって守護聖って…?”
ロザリアならずとも疑問に思うはずである。
だが、それはきっと禁句だ。少なくともアンジェリーカーにとっては。

「はっ!」
”ぼんやりしちゃったわ。仕事仕事”
再び机上に積み上げた書類に目を戻そうとしたときだった。
「きゃあっ?」
突然、ロザリアは悲鳴をあげた。

彼女の視線は机の向こうのへりに注がれている。
今まで書類が積み上げられていた為気付かなかった。机上正面の書類が片付いた為、「それ」は出現したのだ。

目が二つ。

机のへりから出ているカエルのような目が二つ「じーっ」と、上目遣いでロザリアを見詰めている。

目の上には勿論眉毛も付いているし、おでこもあるし、髪の毛もある。
誰かは一目瞭然。

「はうっ」
ロザリアは盛大な溜息を一つ吐くと、
「陛下、何をやっておいでですか」
と、リモージュに尋ねた。
が、リモージュは何も答えない。ただロザリアを「じーっ」と上目遣いで見詰めている。
「陛下。御用ならわたくしが伺いましてよ。どうぞ、お部屋でお待ち下さい」
が、矢張りリモージュは何も答えない。ただロザリアを「じーっ」と上目遣いで見詰めている。

丁度そのとき。
「ロザリア。入りますよー」
ルヴァが来た。
「ちょっとあなたに相談がありましてねー。………。おや?おやおや?」
何気なく入ってきたルヴァだが、流石にすぐにロザリアの机の前で目だけ出して床に膝をついているリモージュの後ろ姿にすぐ気付く。
「陛下じゃございませんか。どうしたんですかー?新手のかくれんぼですか?」
ニコニコしながらリモージュに話しかける。
リモージュは素早く反応し、
「あら。ルヴァ、ごきげんよう。どうぞごゆっくり」
と、すっくと立ち上がると今ルヴァが入ってきたドアから出て行った。

「どうか為されたのでしょうか」
ルヴァが首をかしげる。
「さあ?」
ロザリアも不審気な表情をした。
「で、ルヴァ。どうされたのですか」
「ああ。そうそう。実はですねー」
ルヴァは守護聖たちで宇宙の視察に行きたいというふうなことを言い出した。
「視察?」
「ええ。ほら。私たち、随分とこの宇宙を留守にしてしまいましたよねー。あちこちにひずみなどが起きていたら大変かなーと思いましてねえ」
「それは…、ご尤もなお話ですが。…でも、どうしてあなたが?」
ロザリアは眉をひそめる。
本来、そのようなことは守護聖のなかでも首座であるジュリアスがまとめるような仕事である。たとえルヴァからの発案であろうと女王補佐官である自分に進言しに来るのは彼のはずだ。

そのとき。

ロザリアは発見した。
ドアの隙間から自分を「じーっ」と見詰めている二つの目を。

「ひっ…!」
しゃっくりのような、その悲鳴はルヴァにも聞こえた。
「どうしました?ロザリア」
ルヴァが首をかしげる。
「しゃっくりですか?いけませんねえ。水をゆっくり飲むとよろしいですよ」
「は、はあ…。どうも。…ひくっ」
本当にしゃっくりが出てきた。
「じゃ、お忙しいところをどうもすみません。御検討、よろしくお願いしますよー」
「はひっ…く…」
ルヴァはくるりと後ろを向いた。
もう、彼女の目は覗いていなかった。


2


「ご主人さま、デザートは」
ばあやがニコニコしながら尋ねる。
「ありがとう、ばあや。でも、もういいわ」
「あまり召し上がりませんでしたね。お身体の具合でもお悪いのですか?」
彼女は心配そうな表情をする。
「いいえ。ちょっと疲れているだけ。大丈夫よ。ありがとう」
ロザリアの笑顔にばあやはほっとした顔になった。
「左様でございますか。では食後のコーヒーを」
「今日はお茶にしてくださらない?ローズヒップがいいわ」
「かしこまりました」

一人になったところで、ロザリアは長い溜息を吐いた。

ルヴァが帰ったあと、また気付いたら女王が部屋のなかにいつの間にか入ってきていて、自分を「じーっ」と見詰めていた。
結局、今日は一日アンジェリークに見られていたようだった。

「何だったのかしら、一体…」

さっぱり見当がつかなかった。

「ご主人さま。すばるさんがいらしてますよ」
ばあやが笑顔で戻ってきた。
「すばるさんが?」
ロザリアは不思議そうな顔をする。

すばるさんとはアンジェリークの友だちだ。友だちといっても肩書きは女官長になっている。というかもともと女官長だったのだが友だちになったのだ。気さくな性格の女性で、ロザリアとも仲良しだ。

「今晩は。ロザリアさま」
ばあやの手前だろうか。丁寧に頭を下げる。
「今晩は。すばるさん。どうなさったの。珍しいわね、わたくしの屋敷にお出でになるなんて。……陛下のおつかい?」
ロザリアは立ち上がると、彼女に椅子を勧める。
「ばあや。すばるさんにもお茶を」
「はいはい」
ばあやがいなくなると、すばるさんの表情も一気にやわらぐ。
「勿論陛下からのおつかいよ。ロザリアにプレゼントを届けて欲しいって言われたのよ」
「陛下から」
ロザリアは怪訝な顔をする。
プレゼントが怪訝な訳ではないが、今日一日のアンジェリークの行動を考えるに、果たして自分に贈り物なんかおくるだろうか。
おまけにすばるさんが、
「はい」
と言ってテーブルにおいたプレゼントときたら。
三十センチ四方の立方体の箱。赤い包み紙に緑のリボン。
”如何にも…だわ”
「ありがとうございます」
取り敢えず礼を言う。
「開けてくれない?」
「は?」
「陛下がね。その場で開けてもらうようにって言ってて」
「そ、そう。…では」

ロザリアはガサガサと包みを開けた。
心なしかすばるさんが笑っているような。

ビヨヨヨヨヨンッ!
「きゃああっ!」

箱を開けた途端、現れた物は如何にもよくあるカエルのビックリ箱だった。
バネの先のカエルがゆらゆら揺れている。

「アーッハッハッハッ」
すばるさんが腹を抱えて笑い出した。
「おっかしー!ロザリアったら。今の顔!」
指さして笑ってる。
「すばるさんっ!」
真っ赤になって叫ぶロザリア。
「どういうことですの!一体!!」
「えー?クックッ。知らないよ。私は言われた通りに…、ハッハッ」
「言われた通りに笑いにきたと仰るんですか!?」
「ははっ。そんなわけないじゃん」
そう言ってすばるさんはガタッと立ち上がった。
「じゃ。帰る。陛下にあなたの様子を報告しろって言われてるのよね。じゃーねー!」
ガタタッ!
ドテッ!!
「すばるさん!」
追いかけようとした拍子に椅子につまずいて盛大に転んだロザリアが床に腹這いになったまま右手を差し出し、必死の形相ですばるさんを呼ぶのにも気付かず、彼女は鼻歌を歌いながら帰って行った。


3


さかのぼること三日前。

アンジェリークとジュリアスは寝室で寄り添って外を見ながら甘いひとときを過ごしていた。
「このワインは辺境の星から献上された物だが、甘いのでお前の口にも合うだろう」
そう言いながらトクトクとワインを注ぐ。
二人っきりのときは初めて出会ったときのような言葉遣いをしてほしいと、ジュリアスに頼んでいる。
”だって、そんなジュリアスさまが好きなんだもん”
甘いワインでほろ酔い気分になったアンジェリークは総てに酔っていた。
「ねえ、ジュリアスさま」
火照った頬にグラスを当てる。
「何だ」
「今日はジュリアスさまの初恋のお話をして?」
「な、何?」
ジュリアスは少々戸惑ったような表情をする。
が、酔っているアンジェリークにはそれは照れゆえのこととしか映らなかった。
「いいじゃないですか。ねえ。昨日はわたしがファーストキスのときのことを話したんですもの。きゃっ!今思い出しても恥ずかしいっ。だ・か・ら・ジュリアスさまも。ねっ」
酔っぱらった指がつつつと彼の頬を撫でる。
「…本当によいのか」
ジュリアスが躊躇いがちに尋ねる。
「勿論っ!」
笑顔で大きく頷く。

「では…」
ジュリアスは話し出した。
「あれは、先の女王試験のことだったな」
「はい!」
アンジェリークは、目をハートにしながら身を乗り出した。

「…彼女は、太陽のようだった」
ジュリアスは目をつぶって話し出した。何故か苦しそうに。
「あでやかな外見。博学な頭脳。気丈な心根。溢れる自信。そして、優しい笑顔。…まさにわたしにとっての理想、美・賢・優を備えた女性だった」

”え?”
何か…、想像していたのと雰囲気が違う。

「しかも、この光の守護聖ジュリアスに対してあのようにはっきりとものを申す女性も初めてだった。それも感情で申しているのではない。常に、冷静に論理的に。それでいて己の大陸の民を心から愛し…」

”何かが違うわ…”
違和感が拭いきれない。

「自分よりも優れていると思える女性に出会えたのは初めてだった。この女性になら心の底から跪けると感じた。で、一世一代の覚悟で打ち明けたのだ」

”もしかしてそれって…!?”
アンジェリークの身体がわなわなと震えた。

「だが…結果は敢え無く失恋……といったところだ。ふふ」

”ふ、ふふっ!?”
何か、どこかがピキッと切れた気がした。

「失恋とはあのような打撃を人に与えるのかと知ったのはあれが初めてだった。だが仕方あるまい。どうにもならぬことだったからな。それから三月後だった…な。お前が、わたしを森の湖に呼び出したのは。……信じられなかった。正直、わたしは女性にはもう一生縁がないものと思っていたからな。だが、頬を真っ赤に染めるお前を見て、自分も捨てたものでは、…ああ、いや。お前の必死の思いに応えねばならぬと…失恋の苦しみは誰よりもわたしがよく知っているからな……」

ジュリアスはそう言って、本当に愛しいものを見る優しい瞳でアンジェリークを見た。

すると、彼女が下を向き、わなわなと震えているのが目に入った。
「ど、どうした?」
慌てて彼女の背中をさする。
「飲ませ過ぎてしまったか?大丈夫か?横になったほうがよいのでは」
抱き上げて寝台へ運ぼうと手を彼女の膝の裏に差し入れる。
「こ、この…!」
「うん?」
アンジェリークが何やらつぶやいたので顔を彼女の顔に近付ける。
「浮気者おおお〜!!!」
「ま、待て。人の話を…」
「問答無用〜〜!」

その途端。アンジェリークのグーパンチが過たずジュリアスのあごに決まった。

「ゲコッ!!」

カエルのようなうめき声をあげて、ジュリアスはその場にのびてしまった。

アンジェリークはと言えば涙だらけの顔ではあはあと荒い呼吸を繰り返しながら、
「な、何よ何よ何よ何よー!仕事仕事、女王女王って堅物気取りでいたくせに、は、初恋が…初恋が!!私じゃないっていう訳ぇ!?どーしてくれるのよ!よくも!!乙女の純情を踏みにじってくれたわねええええ!!」
と、目からゴーッと炎を煮えたぎらせた。

(お、お嬢ちゃん。もとい、陛下。炎ってのは煮えないんだぜ)
(よよよ。陛下。そのようなものを煮ないでくださいまし)

誰が何をどうつっこもうと今のアンジェリークには焼け石に水である。


4


”どうしようどうしようどうしようっ!”
アンジェリークは傍らにのびている、顎にばんそうこうをはったジュリアスを顧みながらその場所で考え続けた。

”大体ジュリアスは初心で純情なのよ。それが、小さい頃に女王さまに対して初恋ってのならいざ知らず、何でロザリアなんかに。もしかして…ロザリアが誘惑したのかしら?”
アンジェリークはすっくと立ち上がった。
「そうよ!そうに決まってる!パンチラかなんかでっ!!ああっ!これ以上純な犠牲者を増やす訳にはいかないわ。わたしが監視しなくちゃ!!女王として!!」
胸の前で握り拳を握りしめ、瞳からはズゴゴゴゴッと炎を燃えたぎらせていた。

(もう、なんも言わん…)

かくして、アンジェリークのストーカー生活が始まったのである。

「ちょっと、ちょっと。気が付いてる?」
オリヴィエの、ゴシップ大好きという好奇心に満ちた瞳がキラキラと輝く。
「ええ、まあ……」
答えるリュミエールは額に浮かんだ汗を綺麗なレースのハンカチで拭いている。どこか引き気味の腰付きがどうにも美しい。
「はあ…」
ルヴァもどこか困ったような顔つきをしている。即ち嬉しそうな顔をしているのはオリヴィエだけだということだ。
三人はいつもたむろう宮殿中庭の噴水のところにいた。
そこに、
「勿論知ってますよ!!」
三人の目の前に突然にゅっとタケノコが生えるようにランディが登場してきた。
「うわっびっくりした!」
オリヴィエの腰がうく。それから、その物体が目の前でゆらゆら揺れながらガッツポーズをとっているランディであるということに気付き、
「何だ、アンタか。一体どうしたのヨ」
と、大袈裟に肩をすくめながら尋ねた。
「だから!!マルセルの花壇の花をオリヴィエさまがおいしそーとか言って勝手に摘んでいっちゃったって話でしょ?」
「エ?」
「ひどいっ!!ひどいよ!オリヴィエさまあ!!もう何も信じられなーい!」
これまたどこから現れたのか、全く謎に唐突に現れたマルセルが、そのまま走って去っていった。
「ちょっ!!マルセル!!」
マルセルの背中に手を差し伸べるが、マルセルは振り向きもしない。
それどころか心なしかルヴァとリュミエールの視線がどことなく冷たい。
「やってないわヨ!そんなこと!!」
オリヴィエは思いっきりランディを蹴り倒した。

頭の後ろに大きなばんそうこうをして倒れたランディには目もくれずオリヴィエは話を続ける。
「と、いうことで、陛下のコト聞いた?」
「勿論聞いてますよ!!」
つい今し方までオリヴィエの足元でピクリともしなかったランディが再びにゅっと起き上がり、力一杯叫んだ。
「だから!!マルセルの花壇の花を陛下がおいしそーとか言って勝手に摘んでいっちゃったって話でしょ?」
「は?」
「ひどいっ!!ひどいよ!陛下!!もう何も信じられなーい!」
これまたいつの間に戻っていたのか、再び唐突に現れたマルセルが、いや、どうもランディの後ろに隠れていたようなのだが、またそのまま走って去っていった。
「ちょっ!!マルセル!!」
マルセルの背中に手を差し伸べるが、マルセルは振り向きもしない。
「ま、いいか。…て訳ないでしょ!!」
オリヴィエはさっきよりも数倍思いっきりランディを蹴り倒した。
「ゲコッ!」
今度こそ、ランディは動かなくなった。

「で、ロザリアと陛下のコト」
オリヴィエが注意深く人さし指を立て、言った。
『はい』
ルヴァとリュミエールが息を呑む。
「モチロン!!」
が、そこに三度ランディがタケノコのように生えてきた。
「だから!!マルセルの花壇の花をロザリアーッ!!!」
ガッシャアアアアンンッ!!!
「いー加減にそこからはなれーいっっっ!!!」
と、いう怒号とともに、オリヴィエがついに後ろに隠し持っていた直径一メートルはあろうかという巨大たらい(なぜっ!)でランディの頭を殴り倒した。
「ランディっ!」
「オリヴィエ!何ということを」
ルヴァとリュミエールが悲鳴をあげる。
オリヴィエはがこんとたらいを投げ捨てると肩で荒い息をしながら、
「ダイジョーブよ。どうせすぐ復活するわ」
と、言った。
その言葉通り、ランディは直後にあっさり復活すると、
「そうだっ!事件は執務室じゃなくて現場で起きてるんだっ!!!」
と、叫び、身体をくるりと一回転させた。
「行くぞ!マルセル!!ロザリアを今やストーカーと化した陛下の手から救うぞー!」
と、人さし指を頭上高く掲げた。
「あ!待ってよ、ランディっ!!」
二人はピューッと走り去り、そのままどこへともなく消えていった。

「まあ、…しかし」
ルヴァが汗を拭きながら言う。
「陛下にも困ったものです」
リュミエールも頷きながら溜息を吐く。
「アラ。おもしろそうじゃない?」
オリヴィエだけが結局楽しんでいるようだ。


5


カツカツカツカツ。
てくてくてくてく。
「はあ」
ロザリアは溜息を吐いた。が、今さら振り返っても仕様がないのでそのまま歩き続ける。
カツカツカツ…、カッ。
てくてくてく…、とっ。
「とっ?」
不自然な音に思わず振り返る。
見ると、アンジェリークがどうやらドレスの裾をふんずけたらしく、
「とっとっとっ」
と、言いながらロザリアのほうにつんのめってくる。
「陛下!」
慌てて手を差し出すが、遅い。
どてっと二人は倒れた。
ロザリアが下敷きになった形だが、それでもしたたか打ったお尻をさすりながら、
「陛下、大丈夫で御座居ますか」
と、尋ねる。
アンジェリークは無言でぴょん、と飛び退き、とてとてとてと廊下の隅に走り去り
「じーっ」と、ロザリアを見詰めた。
ロザリアは無言で頭を振る。

もう二週間ぐらいになるだろうか。
今や女王アンジェリークは誰が見ていようといささかも気にせずにロザリアのストーキングに徹している。だが、ロザリアにはその理由が全く解らない。
”わたくしが一体何をしたと仰るの??”
すばるさんにも尋いたが、
「さあ?愛情表現なんじゃないの?」
と、なしのつぶて。
勿論直接本人であるアンジェリークにも尋ねたが、何の返事もなくただ「じーっ」と眺められるだけ。仕方がないので最後の手段、ジュリアスに苦情を言いに行こうとしたのが四日前。ジュリアスの執務室の前に立ったときだった。ドンッとぶつかって来る影。次の日は扉の前に画鋲がばらまかれていた。次の日にはクラヴィスの執務室からにゅっとのびた手がロザリアのドレスの裾をつかみ……。ロザリアは、諦めた。

回想から立ち直ったロザリアは立ち上がり再び歩き出した。
後ろからはとてとてとてとて足音が聞こえる。
「はあっ…」
そのときだった。
「陛下ー!」
元気いっぱい大声をあげて走って来る人影が一つ。否、二つ。
「待ってよーっ、ランディー!!」
ランディを追いかけるマルセル。
「どうしたの?ランディ」
アンジェリークはにこにこと答えた。
つい今までカエルのような目で「じーっ」とロザリアを見ていたのとは大違いだ。
「俺!いいコト思いついたんっスよ!!」
「何?どうしたの?」
アンジェリークは笑う。
「勝負っスよ!勝負!!」
握りこぶしをぶんぶか振り回しながらランディは叫んだ。
「勝負?」
アンジェリークは首をかしげた。
「はいっ!ストーカーなんてやっぱ駄目っス!決着をつけたいときはやっぱ勝負!これっきゃない!!」
ランディは親指をグッと立て、ウインクをした。
ロザリアは思わず下を向き、こめかみを押さえた。
が、アンジェリークは顔をぱっと輝かせると、
「そうよっ!そうねっ!そうだわっ!勝負よっ!ロザリア!!」
と、ピッとロザリアを指さした。
ロザリアはめまいを感じた。
「だから何で…」
「よしっ!」
ロザリアのつぶやきなど誰にも聞こえない。
ランディは、ドンッと胸を叩き、
「じゃ、勝負認定委員会の俺たちに任せてくださいっ」
と、笑うと、ピューッと走り去り、そのままどこへともなく消えていった。
勿論、マルセルもさわやかな笑顔で手を振り、
「じゃ、陛下、ロザリア。明日校庭に来てね!」
と、言うとランディのあとをついて走っていった。
「校庭?そんなものが一体何処に…?勝負認定委員会?なんなのそれぇ?」
ロザリアはますますげんなりした。
アンジェリークはといえば胸の前で両手で握りこぶしをつくり、
「打倒!パンチラ!!」
と、燃えていた。


6


パーンッ!
パパーンッ!!
ッドーンン!!

その日聖地は朝六時に鳴り響いた花火で目覚めた人が多かった。

七時三十分に呼びに来たすばるさんに起こされたロザリアは、しぶしぶ宮殿の中庭にしつらえられた「校庭」にやって来た。
マルセル、ランディの他にもオリヴィエ、ルヴァ、リュミエール、ゼフェルらがまるで運動会の観覧に来た家族のように敷物の上でにこやかに談笑している。ゼフェルですら胡座でミネラルウォーターのペットボトルを抱えているし、リュミエールは持参の水筒からお茶をゼフェル以外に振る舞っていた。否、よく見ると後ろの木陰ではクラヴィスが目を細めて立っている。

”なぜクラヴィスまで…”
目眩が起きる。
そこに、すばるさんが、
「あ、ほら陛下が」
と、前方を指さす。
首を右から前に向けたロザリアは、その先のトラックフィールド内に赤いブルマーの体育着姿の女王陛下を発見した。

「陛下ーーーっ!!連れて来たわよーーーっ!!」
すばるさんがアンジェリークに手を振る。
すると準備体操をしていたアンジェリークがロザリアをピッと指さし、
「負けないわよ!!パンチラに!」
と、言ってからその人さし指を頭上高く掲げた。

「イエーーーーッッッ!!」
パフパフパフッと、オリヴィエがサッカー応援用のラッパを鳴らす。
パーンッ、と、マルセルがクラッカーを鳴らす。
「レッディイイイイス!エェンドジェントルメッ!!!」
ランディが派手な動作で叫ぶ。
「いよいよ!因縁の対決に終止符を打つ時がやって来ましたあっ!!」
「イエーーーーッッッ!!」
パフパフパフッと、オリヴィエがサッカー応援用のラッパを一層高らかに鳴らす。
パパーンッ、と、マルセルがクラッカーを三個同時に鳴らす。
「さあて!勝つのは永遠の美女っ、歴史に残る美貌の補佐官、かっ!それとも!!われらがお茶目でキュートなアイドルだけど人妻女王かっ!いやあ、注目ですねえ」

「今日のランディはやけに口調が滑らかですねえ」
ルヴァが感心したように頷く。
「ケッ、あいつオスカーのおっさんにカンぺー作ってもらったんだぜ。ぜってー」
ゼフェルがミネラルウォーターのふたを飛ばす。
「そう言えばオスカーは…」
リュミエールがきょろきょろする。
「あっちあっち」
ゼフェルがトラックの反対側を示す。
「あっちで望遠カメラつかってバシバシ撮りまくりだぜ」
リュミエールとルヴァはそちらを見る。
「あ」
「ほんと」
「だろ?」
ゼフェルが首を振る。
「全くどいつもこいつも…」
「いーじゃん!面白ければ」
オリヴィエがにーっこり笑った。

トラックではロザリアがある決意の真っ最中だった。

「もう、こうなったらやけよ。何だか判らないけどこのロザリア・デ・カタルへナ。売られた勝負であってもあとに引く訳には行かなくてよ。陛下」
とうとう彼女の目から炎が飛び出した。
アンジェリークの目から出たビームとぶつかって相殺する。

「じゃ、二人とも用意はいいかい?」
「ええ」
「打倒!パンチラっ」
ランディの言葉にロザリアとアンジェリークは力強く頷いた。
「第一の勝負!!飛び箱ーっ!」
そう言うと、ランディはダダダダッと走り華麗に宙返りをしながら飛び箱を飛び越した。
それから、飛び箱の向こうにいるロザリアとアンジェリークは手を振ると、
「ヨーイ!」
と、叫んだ。


7


「はあっはあっはあっはあっ」
「お…にょれ、……まだまだ…」
「はあっはあっはあっ……まだ、おやりに……なりますの?…はあっ」
「もっ…、もちろん……よ。打倒、パン…」
「だから…。それ、なに……?」

陽は既に西に傾き、オレンジ色に輝く地に倒れた二人の影は長く長く伸びていた。

飛び箱に始まり、ハードル、玉ころがし、持久走、ハンドボール投げ、パン食い競走、玉入れ、玉乗り、百メートル走、その他エトセトラ。

当然と言えばあまりにも当然だが、総てロザリアの勝利だった。
アンジェリークは次々と種目を指定するがどれもこれも勝てない。

そして、とうとう力尽きた。

カアッ、カア。

頭上をからすが通り過ぎる。

「も…帰る?」
オリヴィエがぼそっと呟く。
はっ。
うつらうつらしていたリュミエールと読書に没頭していたルヴァが顔をあげる。が、ゼフェルは起きなかった。
「鳥さんもお家に帰ったしね」
ゼフェルに寄りかかっていたマルセルもぐったりと呟く。
ちなみにランディはフィールド内で大の字に寝ている。

「…陛下。お気が済まれましたか」
地べたにぺったり座ったロザリアがアンジェリークを顧みる。
「くやひい…」
うつぶせにべそっと伸びているアンジェリークが呟く。
「打倒パンチラが。…このままじゃ……、このままじゃ、…ジュリアスが……」
「ジュリアス?」
ロザリアがおうむ返しに質問する。

そこに、
「これは何としたことだ。陛下。如何為されました」
と、言う声が二人の頭上に響いた。
出来た影の主を見上げると逆光に金髪が光っている。だが、ジュリアスは跪き、アンジェリークの手をとる。
「陛下、大丈夫で御座居ますか」
「ジュリアス、ごめんなさい。あなたの為に闘ったのよ」
「何と」
「だって…、だってあなたを愛してるから。ロザリアにとられたくない」
「陛下」
ジュリアスは感極まったようにアンジェリークを抱きしめた。
「なんといじらしい…。陛下、いや。アンジェリーク…。何も心配することはない。第一ロザリアのことは過去のことである。今のわたしの心のなかにはお前しかおらぬ。今はお前だけを愛している」
そして、彼女の額に口づける。
「ジュリアス……」

「…そおいうことだったのね」
ロザリアは漸く合点がいったような様子で、額に青筋をたてながら頷いた。
「……そういうことだったようだな」
いつのまにか近付いていたクラヴィスもぼそっと呟く。
「クラヴィス…!あなた御存知だったのね!?」
「いや…」
クラヴィスはゆるゆる首を振る。ロザリアは溜息を吐いた。
「もうっ。元々わたくしたちがずっと以前からつきあっているって陛下にお話していれば!」

「えーっ!!!」
アンジェリークが突然大声をあげる。
「本当!?ロザリア!!」
がばっと起き上がった拍子にジュリアスのあごにしたたか頭突きをくらわせる。
「ゲコッ!!」
ジュリアスがうずくまる。
が、アンジェリークはそんなことにはお構いなしに、
「いつからっ!」
と、ロザリアに詰め寄った。
「いつからって……、そう、ね。ジュリアスに告白される一月程前からかしら」
ロザリアは無邪気に首をかしげた。
「そういうことだ」
クラヴィスは静かに笑い、後ろからロザリアを抱きしめ、彼女の首に吸いついた。
「あんっ(ハート)」

「だから…人の話を聞けと……」
あごにばんそうこうをはったジュリアスがよろよろ立ち上がる。
「ジュリアス」
「わたしの恋人はお前だけだ」
「ジュリアス!」
アンジェリークはジュリアスにしっかりと抱きついた。

沈みゆく夕陽を背にグラウンドで抱き合うふた組の男女に背を向けたオリヴィエが、
「アホらし。帰ろ」
と、白けた声でつぶやいた。

二つの影はいつまでもいつまでもひっついたままだった。

(完!)


はい、相変わらずYUKI様のところには揃って通い詰めている私達です。毎週クオリティも密度も高いお話を複数連載されている(しかも全部路線が違う)パワーにはただただ感動あるのみです。
キリ番創作も既に3つめ。YUKI様のページの他の常連の皆様、ごめんなさい。

というわけで、12723番を踏んだすばるのリクエストは、

”「女王陛下のやきもち〜リモージュ女王とジュリアスは恋人同志。 5才から首座の守護聖としてまい進してきたジュリアスだから、当然自分は初恋の相手だと思い込んでいたらそうじゃないことがわかって、リモージュは猛然とやきもちをやき始めた…」というようなお話。初恋の相手についてはYUKIさんにお任せして、最後はハッピーに。”。

前々回で「YUKI様はコメディもいける!」と味をしめたのがよく解りますね(^^;;


そして書いていただいたのがこのお話です。
こんなドタバタもありなの!と、YUKI様の引き出しの多さに改めて感動です。
個人的に上目遣いでじっと見つめるストーカー・リモージュがツボです。ふふふ。脇キャラも皆、楽しい〜!
ついでに「完!」という表記にもくすっと笑ってしまいました。

YUKI様、今回もまた素敵な作品をどうもありがとうございました。
(その次のキリ番もすばるがとってしまっているのですが、またよろしくお願いいたします。)

宝物殿へ

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