家族の条件 by 早来ゼノン様
5月17日(金)PM11:25
小鳥 > そうなんですか……。でもっ、元気出して下さいねっ!
クラヴィス > お前は優しいな。 小鳥 > そ、そんなことありませんよっ。あたしなんて……。 |
―――ただのネカマだからね。
暗い部屋の中で、マルセルは酷薄な笑みを浮かべていた。
宇宙にテレビ電話の最終進化形である時空歪曲光学通信が普及して幾世紀も経たが、極めて高額な回線使用料は一般庶民が容易に利用出来得るものではなく、世間では未だに旧時代の遺物であるインターネットとさして変わらない、簡易ネットが主流だった。顔も声も隠蔽される通信速度重視の簡易ネット上においては、その本人のパーソナリティはテキストによる自己申告でしか表現し得ない。すなわち仮に自分が架空の人物を演じていたとしても、その演技が完璧であれば正体が露見する事は無く、万一疑念を抱かれたとしても相手にそれを確認する術は無いに等しい。
その簡易ネット上における架空の人物像として最も有名なものの一つがネカマ、ネット上でのオカマである。ネカマはマルセルが最近覚えた遊びだった。実際には簡易ネット上で自分の性別を隠蔽しようと思う者はそれほど多くなく、特に出会い系チャット等においては、女性が性別を偽って男性のフリをしている可能性は極めて低い。そもそもチャットの目的が女性と知り合う事にあるのだから、彼等は必要以上に男性である事を強調しようとすらしている。マルセルにとっては格好の獲物だった。
彼は【小鳥】と云うハンドルネームを用いて女性を演じ、相手をその気にさせたところで性別を明かし、怒り狂う相手を馬鹿にし尽くした上で回線を強制切断する、と云う遊びをこの一ヶ月ほど毎日繰り返していた。その遊びはなかなか飽きが来なかったが、さすがに最近では慣れが生じ、そこから受ける刺激が少なくなりつつあった為、彼は今日を最後にこの遊びをやめようと思っていたのである。
―――それにしても……。
最後の最後にこんな面白いのと出会えるなんてね、と呟いたマルセルが破顔する。
勿論その声は相手には聞こえない。
―――よりによって【クラヴィス】だもんな。
マルセルは以前にも簡易ネット上で守護聖の名前を見かけた事がある。それはジュリアスであったり、ルヴァであったり、中にはマルセル本人である事さえあった。物心のついていない子供を除けば守護聖を知らぬ者は宇宙に存在しないと言っても過言ではなく、別段名を騙るつもりは無くとも、羨望の気持ちから容姿端麗である彼等の名をハンドルネームとするネット初心者は存在するのである。
―――本物がネットなんかする訳ないのに。
マルセルの脳裏に時代錯誤的な水晶球占いを趣味とする男の姿が去来し、自然に顔が緩んだ。
―――こいつ馬鹿だ。
嘲る気持ちがマルセルを高揚させる。彼は流麗なブラインドタッチで、テキストによる会話を続ける。
小鳥 > 一度オフでお会いしたいですね。な〜んて言ってみたりして。
クラヴィス > オフ? オフとは何だ? 小鳥 > あ、ごめんなさい。ネットに繋いでいる時をオンラインっていいますよね。 クラヴィス > 知っている。 小鳥 > オフはオフライン。つまりネットじゃなくて実際に会って頂けないかな……って。ウソウソ、本気にしないで下さいね。 |
――さあ、どう出る?
マルセルの嗜虐的な興奮は最高潮に達していた。普通の男なら一も二もなく飛び付いて来る。でもこの男の場合は事情が違う。陰気な雰囲気といい、訥々とした口調といい、先程の会話で聖地に在住していると答えた事といい、この男が図々しくも守護聖クラヴィスを騙っている事は明白だ。慌てて回線を切って逃げるか、嘘に嘘を重ねようとするか、どう対応されても反撃出来るよう、マルセルは万全のシミュレートを済ませていた。だが、男の反応は予想外だった。
クラヴィス > お前が良ければ、今度の日曜に聖地公園で会ってもらえるだろうか。
小鳥 > ええっ、いいんですか〜。 |
―――約束だけしてドタキャンするつもりか。
マルセルは舌打ちする。相手の嘘を攻撃するなら今しかないが、遊びの終わりが予想していたよりもつまらない事に、彼は落胆を覚える。マルセルが糾弾するべくキーボードに指を置いた時、それに先んじてディスプレイ上に文字が躍った。
クラヴィス > 私はお前に友情を抱いている、と思う。
小鳥 > 光栄です〜。 クラヴィス > お前を見分ける方法はあるか? 小鳥 > えっと、あたしは金髪 |
そこまで書いてマルセルは顔をしかめた。何も正直に書く必要はなかったのだ。それでも躊躇がこの手の遊びでは命取りになる事を知っている彼は、考えるより先に指を動かしていた。
小鳥 > えっと、あたしは金髪なんですけど、それと薄いグリーンのフレアスカートを目印にしてください。
クラヴィス > 分かった。 小鳥 > あの、クラヴィスさんの目印は? |
次の文字が表示されるまで、しばらくかかった。クラヴィスの長身と長い黒髪は容易に模倣出来得るものではない。この男がどのような言い訳をするかを、マルセルは胸躍らせて待った。迂闊な事を書いた途端、罵詈雑言を浴びせるつもりだった。やがて画面には待望のものが現れた。マルセルは目を疑う。
クラヴィス > お前は、守護聖の顔を知らんのか? |
―――こいつ、本当に馬鹿だ。
呆れ果てたマルセルは、糾弾する事すら失念して嘆息した。
5月18日(土)PM2:10
邸の門前に来客の姿を見たマルセルは絶句した。
その人物は陰鬱な表情で、用件だけを簡潔に述べた。
「すまんが……今から買い物に付き合ってもらえんだろうか」
―――どう云う事だ?
八方美人に振舞う事を旨としているマルセルにとって、クラヴィスは数少ない【親しくない】知人である。無論今までに訪問を受けた事もない。昨晩の出来事が出来事なだけに、マルセルの中で様々の疑念が渦巻き始めた。
「手間は取らせん。ほんの、1時間くらいなのだが……」
「いいですよ」
笑顔を作り、マルセルは明朗に承諾する。いかなる理由があるにせよ、ここで拒否するのはあまり賢明な選択とは思えなかったからだ。彼は普段着のまま門前まで走り、クラヴィスの長身を見上げた。
「ところで買い物って何ですか?」
「それは……道々話そう……」
無愛想に答えたクラヴィスは勝手に踵を返して歩き始める。懇願した側とは思えない態度に、マルセルは不快を覚えるが、それも一瞬の事だった。彼の頭はそれとは違う懊悩で占められていた。
―――まさか昨晩のクラヴィスって……。
本物なのかもしれない、とマルセルは考える。いかにクラヴィスが前時代的な人間であるとは云え、コンピューターを全く使えないと云う訳ではない。守護聖の業務にネット通信は必要不可欠であり、それはクラヴィスにとっても例外ではないのだ。
「マルセル……」
クラヴィスの言葉が、マルセルの思考を中断させた。
「あ、はい。何ですか?」
「お前は……14歳だったな……」
「はい」
マルセルは警戒を緩めない。未だクラヴィスの言葉からは何も読み取る事が出来ないからだ。そのような無意味な会話に込められた意図を探るべく、マルセルが口を開いた。
「14歳がどうかしたんですか?」
「いや……」
言い難そうに口篭もるクラヴィスに、マルセルは不審の念を強める。
「14歳の少女は……何を贈られれば喜ぶのだ?」
「少女?」
「分からんか?」
―――あんたの考えている事が分かんないよ。
マルセルは心の中で毒突く。
「実は明日、お前と同い年の少女と会う事になっているのだ……」
マルセルは音を立てないよう、生唾を飲む。
「へえ、どんな娘なんですか?」
「私もよくは分からん」
クラヴィスは珍しく柔和な笑みを浮かべていた。
「優しい、娘だ……」
マルセルの中の疑念が確信に変わった。やはり昨晩のクラヴィスは、目の前にいる本人だったのだ。困惑しながらもマルセルは素早く計算する。彼は危険と好奇心を秤にかけていた。
―――普通に考えれば【君子危うきに近寄らず】なんだけど。この人はまだ小鳥がぼくだって事に気付いてないみたいだ。こんな楽しそうな事を見逃すのも勿体無いし。どうしようかなあ。ネットでならともかく、オフでも女の子の真似が出来るかなあ。土壇場になってこの人を袖にしたら、すごく面白いんだろうけどなあ。
会話もせずに歩いているうちに、二人はいつの間にかショッピングモールに着いていた。その一角はファンシーグッズ関連の店舗が密集しており、空気自体が薄桃色に着色しているかのようだった。居心地が悪いのか、クラヴィスは不機嫌に辺りを見回している。一刻も早く要件を済ませ、この界隈から抜け出したいらしい。
「マルセル……私は何を買えばよいのだ?」
「あ、あれ可愛い」
マルセルが嬌声を上げる。それは演技ではなく、本音だった。マルセルが指差したのはある店舗のウィンドウであり、その場所には大小様々なぬいぐるみが所狭しと陳列されていた。
「ぬいぐるみ、か……。14歳の娘が欲しがるにしては幼稚過ぎはせんか?」
「そんな事ないよ。すごく喜ぶと思う」
マルセルは断言する。受け取る本人が言っているのだから間違いない。クラヴィスは唸るように考え込むが、ややあってマルセルに訊ねた。
「それで、どのぬいぐるみだ?」
「あれ。あの小鳥さん」
「小鳥……」
そのぬいぐるみは確かに鳥を模した物だったが、小鳥と呼ぶには大き過ぎた。丸いヒヨコのような形状で、胴回りはマルセルの胸囲ほどもありそうだった。
「小鳥、か……」
繰り返すクラヴィスに、マルセルは我に返り、戦慄した。不用意な一言だった。小鳥は彼が用いているハンドルネームであり、クラヴィスにとっては件の少女の名前そのものである。事の露見を恐れたマルセルだったが、それは杞憂に終わった。クラヴィスは嬉しそうに目を細め、呟いた。
「その娘の名も、小鳥と云うのだ……」
その表情から、マルセルは視線を逸らした。見ていると、なぜだか気分が重くなった。今までネット上で人の心を弄び続けてきた彼は、初めてその【遊び】に良心の呵責を覚えた。
―――そんなに嬉しいのかな。
それは疑問ではなく不満だった。
マルセルは人を傷つける事に悦びを覚えるサディストではあったが、その性格は聖地に来る少し前、自身のサクリアに気付き、周囲が騒ぎ始めた頃に生じたものである。彼は11人家族の末っ子として、愛情を一身に受けて成長した。彼にとって人に愛される事は当然であり、愛情を与えてくれる人間から引き離されるなど、考えた事もなかった。考えたくもなかった。考えざるを得なくなったのは、彼が守護聖に選ばれた時からである。彼の家族は全員、涙を流して喜んだ。だからマルセルもまた、喜ぶ演技をした。本心は違っていた。守護聖になれば、自分は下界と隔絶して生きて行く事になる。家族とも、今生の別れとなるのだ。だが、その家族は誰一人として悲しんでいない。自分がいなくなっても平気なのだ。
―――ぼくは、愛されていた訳ではなかったんだ。
目を伏せていたマルセルは、その時になって初めて、周囲に誰もいない事に気が付いた。クラヴィスの姿がない。ぬいぐるみを買いに行ったのか、他の店を物色しているのかは分からない。もっとも、それはマルセルにとってはどうでも良い事だった。
―――用が済めばおいてけぼり、か……。
マルセルは自嘲気味に笑う。怒りはなかった。人とはそう云うものであるし、その所業も、彼がいつもやっている事に比べれば可愛いものだったからだ。彼は家路につく為、店舗に背を向けた。胸中を重いものが締め付ける気配に気付き、彼は己を激励する。
―――馬鹿馬鹿しい。ぼくは強いんだ。ぼく自身がそれを一番よく知ってる筈じゃないか。
「マルセル」
足を踏み出そうとした背に、声がかけられた。マルセルは反射的に振り返る。両脇に包みを抱えたクラヴィスが、自動ドアを抜けて例の店舗から出てくるところだった。
「しばらく待っていろ、と言っただろう……」
クラヴィスはマルセルの側まで歩み寄り、左手側の包みを差し出した。黙ったまま、マルセルはそれを受け取る。彼の身体では両腕でなければ抱えられない。彼は視線を包みの中に落とす。
「これ……」
中身は先程のぬいぐるみだった。マルセルは自分を見下ろす黒髪を見上げる。
「同じ色のものが、もう一つ置いてあった」
「あ……」
「お前も……こう云うものが好きだった筈だな……」
マルセルは再び視線を落とす。
しかし、彼はぬいぐるみを見ていなかった。
彼は俯いた姿勢のまま、口を噤んでいた。
5月19日(日)AM10:55
道行く男性全てが振り返る。
晒し者になっているかのような羞恥に、マルセルは頬を染める。
この日の早朝、彼は悩んだ末にオリヴィエの邸を訪れた。助力に詳しい説明は必要なかった。女装の指南を頼んだところ、彼は嬉々として快諾し、手ずから化粧を施した上で、どこからかブラウスとグリーンのフレアスカートまで調達してきたのである。
それでもマルセルには自信が無かった。声に関しては多少ハスキーであると言えば誤魔化しようもあるが、容姿については何とも言えない。指南役であるオリヴィエの姿ですら、彼の目にはどう見ても女性には見えないのだ。周囲の視線が、醜怪なものを見る好奇の目であるとしか思えなかった。
「小鳥、か?」
マルセルは驚いたように顔を上げた。羞恥の赤は耳まで広がっていた。
「あ、あの……」
「私がクラヴィスだ」
長身の男は感情の読み取れない表情で自己紹介する。
「こと、り、です……」
マルセルはそれだけ言うのがやっとだった。
―――なぜぼくは来てしまったんだろう?
後悔に押し潰されそうになりながら、マルセルは自問する。
昨日まではクラヴィスを振り回して困らせる事が目的だった。遊びのつもりであれば、女装くらいで羞恥は覚えない筈だった。しかし今は、この格好でクラヴィスの前にいる事を耐え難く感じる。他人を欺く為に自分を偽る行為が、汚く思えてならなかった。
「座って……話そう……」
クラヴィスは傍にあるベンチに目を向け、マルセルを促す。黙ってその指示に従う彼の目の前に、見覚えのある紙包みが差し出された。
「あ、あたしに?」
中身は見なくても分かっている。だがマルセルは意図して興味深そうな表情を作り、包みを開ける。果たして見覚えのあるぬいぐるみが中から現れた。
「ありがとうございます! こう云うの欲しかったんです!」
その様子を見たクラヴィスが微笑む。
「安心した」
クラヴィスはマルセルの隣に腰を下ろす。それを機に会話が止まる。元よりマルセルにはクラヴィスに対して用事が無い。チャットでの誘いは、実際に会う事を想定してのものではなかったのである。
―――なぜこの人はぼくと、小鳥と会おうと思ったんだろう。
誘われたから、受けた。ただそれだけの事かもしれない。そうだとしたら、クラヴィスはマルセルの言葉を、用件が切り出されるのを待っている筈だった。
「すいません、我侭を言って……」
「いや、どうせ退屈していた」
「一度、お会いしたかっただけなんです……」
気の利いた理由一つ見付からなかった。だが、クラヴィスは優しくそれに答える。
「私もだ……」
深く考える事が出来ない。こんな事は今までに無かった。
「言っただろう、私はお前に友情を感じている、と」
マルセルは己の狼狽と焦燥を自覚している。それは慣れない女装による自信喪失に起因しているのかもしれない。事が露見し、自分が傷つくのを必要以上に恐れているからかもしれない。だが彼は、本当の答えを既に知っていた。
―――ぼくは、騙していた事でこの人が傷つくのが怖いんだ……。
マルセルは多くの友人を持つ、と周囲は考えている。ランディ、ゼフェル、ルヴァ、彼等は確かにマルセルと親しい。しかし彼等がどう考えているにせよ、マルセルの方は一度たりとも彼等に友情を抱いた事は無かった。
―――彼等が親しく思っているのはぼくじゃない。ぼくが演じている【何か】だ。
真なる自分を愛されずして友情が成り立つ訳が無い。だが、マルセルに仮面を取る気は無かった。例えかりそめの自分であっても、好意を向ける相手がいないよりはいてくれた方がいい。何も隠さない自分を愛する者がいるとは思えなかったからだ。
―――だけどこの人は……。
マルセルは無言のまま正面を向いているクラヴィスの横顔を見る。自分が愛想を振り撒いた事の無い人、仮面の自分すらよく知らない人、それにもかかわらず、ぬいぐるみを贈ってくれた人、マルセルは総身が温かな善意に包まれるのを感じた。
「お前は可憐だな」
クラヴィスの両目がいつの間にかマルセルの正面にあった。
「小鳥……その名の通りだ」
強烈な負の感情がマルセルを襲った。汚く、おぞましい思い。それは自分自身への嫉妬だった。正確には、自分が演じる小鳥と云う架空の存在への、言いようのない羨望だった。
―――ぼくに優しくしてくれたのは、小鳥の役に立ったから? 今この人が優しいのは、ぼくが小鳥だから? この人の好意は、小鳥に向いている。ぼくじゃ……ないんだね。
「……どうした?」
唐突に立ち上がったマルセルに、クラヴィスは怪訝そうな声をかけた。マルセルはクラヴィスに背を向けていた。
「小鳥……」
その言葉に弾かれたように、マルセルは走り出していた。
5月19日(日)PM11:30
赤く腫れた瞼を左手で擦る。右手はマウスを握っている。マルセルは2時間も前から端末の前に座っていたが、その右手はほとんど動いていなかった。
彼は簡易ネットのブックマークを削除しようとしていた。どこにでもある、誰もが利用出来る出会い系サイトのチャットルーム。小鳥とクラヴィスが出会った場所。もうここにクラヴィスが来る事は無い。今日は別の人間が利用しているかもしれない。もう、自分が小鳥になる必要も無い。理由は次から次へと沸いて出るが、行動だけが伴わなかった。
マルセルは意を決し、マウスを左クリックした。地味なトップページが表示される。件のチャットルームには一人が入室していた。その人物の独り言が何行も続いていた。その人物は、オンラインで今も入力し続けていた。
クラヴィス > やはり、いないか。
クラヴィス > 私が、悪いのだろうな。 クラヴィス > 初対面の男に友情を求められたのだ。 クラヴィス > さぞかし不快に思った事だろう。 クラヴィス > しかし、あれは私の本心だ。 クラヴィス > 知っての通り、昨日私は初めてチャットを体験した。 クラヴィス > 私は自分の陰気な性格が嫌いでな。 クラヴィス > 筆談ならば違う自分が見出せるかと思ったのだ。 クラヴィス > 笑止だな。私は私のままだった。 クラヴィス > 昨日は色々とすまなかった。 クラヴィス > 見も知らぬ男の悩みを聞かされ続けたのだからな。 クラヴィス > だが、お前は真摯に答えてくれた。 クラヴィス > 我が事のように悩み、助言してくれた。 クラヴィス > なぜ私はそのような私事を打ち明けたのだろうな。 クラヴィス > お前の優しさに甘えていたのかもしれん。 クラヴィス > だが、それとは別の理由もあった。 クラヴィス > 私はお前を近くに感じたのだ。 クラヴィス > 孤独、と云うべきか。 クラヴィス > 私は母からしか愛情を受けた記憶が無い。 クラヴィス > 6歳までの間だったが、今でも鮮明に覚えている。 クラヴィス > 私はお前が育った環境を知らんと云うのに。 クラヴィス > 私などと比べられては迷惑だろうな。 クラヴィス > だがな、私はお前の言葉に孤独を見たのだ。 クラヴィス > お前の言葉は、悲しみと寂しさに満ちていた。 クラヴィス > そして、お前はその気持ちを隠そうとしていた。 クラヴィス > 私はそれが羨ましかったのだ。 クラヴィス > 哀切に耐え、気丈に、明るく振舞うお前が好ましかった。 クラヴィス > 実はな、私にはお前とよく似た知人がいる。 クラヴィス > その者も14歳だ。もっとも男だがな。 クラヴィス > 肉親から引き離される悲しみは想像を絶する。 クラヴィス > ましてや多感な14歳だ。 クラヴィス > その者には親しくしている者が大勢いる。 クラヴィス > だが、誰一人として彼の家族にはなれん。 クラヴィス > 彼の本当の気持ちに気付いているものすらおらん。 クラヴィス > 本来ならば私が兄代わりを務めねばならんのだろうが。 クラヴィス > この通りの性格だ。それもままならん。 クラヴィス > 小鳥。私はお前にとっての、心の兄になりたかった。 クラヴィス > 僅かだけでも、気持ちの支えになってやりたかった。 クラヴィス > 身近にいながら何もしてやれない、彼の代わりにな。 クラヴィス > いらざる斟酌だった事は承知している。 クラヴィス > ただ、私に悪意が無かった事だけは分かってほしい。 クラヴィス > 小鳥、お前には私のように心を閉ざさないでほしい。 クラヴィス > 剥き出しの心は傷つき易いだろう。 クラヴィス > あるいは今以上に悲しい思いをするかもしれない。 クラヴィス > だがな、心を開かねば何も変わらん。 クラヴィス > 閉ざした心では、友も家族も、出来はしないのだ。 クラヴィス > 言いたい事を言ってしまったな。 クラヴィス > 今日で最後だ。許してほしい。 クラヴィス > 別れに臨み、私の力を贈らせてもらう。 クラヴィス > お前の心が、安らぎで満たされん事を。 ―――『マルセル』が入室しました。 マルセル > 待って! ―――『クラヴィス』が退室しました。 |
理知的で怜悧な文が紡ぐスラップスティックな世界と心にきりきりと食い込んでくるシリアスな作品が何食わぬ顔で両立している、とってもミラクルな早来ゼノン様のサイト「マイナートランキライザー」(イラストと4コマ漫画もとっても素敵!)で、ちゃん太が3000番を踏んで、書いていただいた作品です。
お題は「闇様と緑様ご出演のもの。コメディでもシリアスでも、どちらでも。」
…まさかこう来るとは。
「エロと暴力は出来れば避けていただきたく」などと思いきり横車を押したわがままなリクエスターにこんな素晴らしい作品を。
正直に告白いたしますと、一読、泣いてしまいました。(涙腺がゆるいのはトシのせい、などと無粋なつっこみはしないように。)
守護聖の公式設定の中にある残酷さをこんな形で表現できたとは!
そして闇様。実はこの一年ほど自分内で闇様株がじわじわ上昇していたのですが決定打を食らってしまいました。
緑様が過不足無く14歳なのも素晴らしいです。14歳の男の子と常に接している身にとって、このリアリティには感服です。
そして、タイトルの妙。
ゼノン様、私ごときのわがままに、かような素晴らしい作品でこたえてくださって、本当にありがとうございました。