温室(白い花のために)


あ、ゼフェル。来てくれたの?通りかかっただけ?まあそれでいいや。

僕ちょっと頼みたいことがあるんだけど、いい?
今度ね、もう一つ小さな温室を作ろうと思うんだけれど、そこの温度管理と水やりと光の調整をゆくゆくは全部システム化したいんだ。
いや、本当言うとまだどういう条件が最適なのか完全には解っていないから「ゆくゆくは」になってしまうわけ。だから温室作るときに入れておいた設定を僕ひとりでも簡単に変えられるようにしておきたいんだけれど。

え?そんなにすぐできちゃうの?さすがだなあ。やっぱりゼフェルに相談してよかった。

そう、この花専用の温室にするんだ。この花、知ってる?ゼフェルは花なんて興味ないかな。でもとっても綺麗でしょ。こういう風に開くと真っ白いけれど、つぼみの時は青いんだよ。紫がかった、きれいな青。だからほら、開いたときも芯のほうとか花びらが重なっているあたりが少し青みがかってる。それに香りもいいでしょ。ほんのり甘くて、でも甘すぎない、清涼感というか透明感というかがあって。これ、原種はフェリシアの南の森と草原の境界に広がる丘陵地帯にたくさん咲いてるんだ。初夏には辺り一面が真っ白になるほどね。繊細に見えてものすごく生命力の強い花みたい。フェリシアではこの花の名前はちゃんとあるけれど、僕はロザリアスなんて勝手に呼んでいるんだ。だって彼女のイメージそのままなんだもん。女王様になった彼女の名前を直接呼んじゃいけないっていうけど、花の名前だもん、いいよね?

どうしてゼフェルがそんな顔するのさ。
そうだよ、大好きだったよ。今でももちろん。守護聖が女王を慕うのは別に問題ないでしょ。

ねえ、本当は様子を見に来てくれたんでしょ。ありがとう。
…話、しててもいい?なんだか黙って一人でいるの、嫌なんだ。


どういう訳かフェリシアの民は緑の力を欲しがることが多かった。いきおい、ロザリアが僕の執務室に来ることも多く、そしてすぐに僕は彼女のことが好きでたまらなくなったんだ。
彼女が美しいって事は誰にでも一目でわかる。
でも彼女の心の美しさが外見のそれ以上だっていうことはずいぶん仲良くならないと解らないんだ。僕にはすぐに解ったけれどね。

僕は彼女の役に立ちたかった。
緑の力をいっぱい送っただけでは足りない気がして、自分のできることを一生懸命考えたよ。
それでね。彼女が試験中幸せな気分で過ごせるようにしてあげようって思って。
試験でものすごく張りつめている彼女を飛空都市のあちこちに誘い出したっけ。
森の湖で、公園で、はじめは一瞬戸惑った素振りを見せるのだけれど、すぐに堂々と振る舞う彼女。
小さい頃絵本で見たお姫様みたいだった。
そう、白い花が似合う、僕のお姫様。

毎朝花を届けたっけ。僕は少し子供すぎて、花言葉に思いを託すなんて思いつかなかったけれど、いつも庭で一番きれいな花を選んで。
大きな花束も、たった一輪の花の時も、彼女はいつもとても喜んでくれた。

弟、と思われていたのかも知れない。それは正直薄々感じていたよ。でもそれでもいいと思ってた。彼女にとって一番近しい男、という意味なら、弟でも全然悪くなかったんだ。
ジュリアス様のことは理想の自分だって言ってたから、近しさっていうか親しみが足りない。
オスカー様のことはちょっと困っていたように僕には思えた。それでたぶん僕が負けているって事はないと判断したんだ。

試験が始まって100日ほどで別れ際に頬にキスしても驚かなくなり、それから4週たつ頃には彼女もお返しにさよならのキスをくれるようになった。額にだけれどね。ふふ、たぶん彼女からそんなコトしてもらえたのって僕だけだよね?
僕が「大好き」って言うとほんの少し赤くなるんだ。そして優しい目をして小さな声で言うんだよ。「わたくしもですわ」って。
ほら、やっぱり全然負けてないでしょ?

もちろんアンジェリークのことも大好きだよ。でも、僕のお姫様はアンジェリークじゃない。
それにアンジェにはゼフェルがいるモンね。ふふっ。

180日めぐらいだったかな、妨害ばかりで全然育成状況が動かなくなったのって。
中の島に届くまで、どちらの大陸もあと数個の建物が建てばいい状態なのに、ぱったりと建物が増えなくなったんだったね。
本当言うと僕は嬉しかったんだよ。だってそれって女王になることを迷っているって事の現れって思えるんだもの。少なくとも僕はそううぬぼれていた。彼女は女王の座と僕とを天秤に掛けて決めかねているのだと。
でもね、ちょうどそのころから彼女は僕の部屋に来なくなった。
きっと悩んでいるんだ、と僕はそっとしておくことにした。だって僕の存在こそが彼女の悩みの種のはずだったから。
だから逢いたいのもずっと我慢していたのに。

なのに。
突然、彼女は女王になっていたんだ。
中の島から立ち上る光の柱を見て僕は彼女の部屋に駆け込んだ。
彼女は紅茶のカップを手にぼんやり座っていたよ。
「まあ、早速お祝いに来てくださったの?」なんて微笑んでいたけれど、その声は少し震えていた。
頬には血の気がなくて、透き通るようだった。
白い花だ。僕は頭の隅でぼんやりとそんなことを考えていた。
「どうして?」
言いたいことは山ほどあったけれど僕の口から出たのはそんな一言だった。
「私は女王になるために試験を受けていたのです」
どうしてそんな当たり前のことを言うの。
「ごめんなさい、でも…どうかわかって下さいね、マルセル様」
と視線を落とす。
「おめでとう」
やっとの事で言うと僕は逃げるように部屋を出た。

でも、それからいっぱい考えたんだ。
これで僕たちはしばらくは一緒にいられるのだと。
たぶん、ずいぶん長く。
更に言うと女王陛下という存在に特別の意義を見いだしているらしいジュリアス様もオスカー様もこれできっと降りてくれる。
だから僕は急がなくていいんだ。
このままゆっくり彼女のそばで大人になればいいんだと。
そう、一緒に聖地にいられることが大切なんだ。

彼女が女王をやめるのと僕が彼女をさらう方法を見つけだすのと、どちらが早いだろうね?

この花はだから大切に育てるんだ。特別の温室でね。
いや、今のままでも結構いい感じに咲いてるけれど、年中花がとぎれないようにしてみようと思って。
どんな形になるにしても、彼女を迎えに行くときに、大きな花束にして持っていきたいからね。


そうそう、向こうに咲いているピンクのお花、持って帰ってね。どうせこのあとアンジェリークのところに行くんでしょ?
僕が持って行くより、ゼフェルが持って行った方が絶対いいんだもん。ね。

(おしまい)


実はこれは「アンジェでジュリー」を自分でもやろうと思って書いた物のひとつです。
イメージ曲は「危険な二人」。(全然危険じゃないっていう気がするけれど。)
美しすぎる年上のひと、だったらマルセルとロザリアかなあという感じで。

掲載するに際しちょっと手を入れようと思ったら泥沼に。で結局修正の修正の修正あたりになるとなんだか元に戻ってたりするのが悲しいです。
アンジェでジュリーは実はまだいくつか書きかけがありますが、完成&ご披露できるかは謎です。

諸願奉納所へ