照る日、曇る日。


聖地の天候を決めるのは女王陛下だ。
陛下の采配と、ときには無意識とが、天候に反映される。

女王候補の頃、ずいぶん「お天気屋」だったアイツが、本当に天気を決めてるんだから、これはなかなか傑作だぜ、とオレは妙な天気に行き当たるたびにニヤニヤしている。

しかし笑ってばかりはいられないようだ。
聖地はここ3日、土砂降りだから。


たぶんオレはこの天気のワケを知っている。
ついでに、原因の方では、それに気がついていないであろうことも。
よけーなお節介なんかしたくないけれど、こうも降り続くとオレも気分わりーからな。
ここは、とりあえず、一肌脱ぐか。

まずは直接交渉に行く事を考えたが、待て。そういえば、「集中してこなしたいことがあるから」とか言って、ここ5日ほどアイツは宮殿奥に詰めていて、原則として補佐官以外とは会わないと宣言していたんだった。
じゃ、こっちの手はひとつ。


「よお」光の守護聖の執務室のクソ重い扉をあけると、部屋の主はいつもと全く同じ調子で書類に向かっていた。つと顔をあげると怪訝そうに聞く。

「ゼフェルか。何用だ?」
やっぱりこいつは相変わらずで。…もっとも、あの試験でイロイロ揉まれたせいか、だいぶマシにはなったけどな。

オレは部屋の奥に進み、あの忌々しい段差をのぼり、机に両腕をついて言った。

「天気だよ、天気。どーにかしろ」
「どうにかと言われても、聖地の天気は陛下の領分なのだから私ができることはない」
「お前マジでそれ言ってんのか?」
「いかにも」憮然とした表情でいぶかしげにオレを見るジュリアス。

あー、やっぱ、ぜーんぜん自覚してなかったんだ。わかっちゃいたけど、ガックリ来てしまった。

「この天気、たぶん、いや、賭けてもいいが、おめーのせいだぜ。」
「私の?!」
「心当たりねーか?雨の降る直前、だ」

ヤツは黙って机の引き出しをあけ、日誌らしきものをチェックしている。
「謁見したときも陛下にはとくに変わったこともなかったようなのだが……
 そなたの考え違いではないのか?」

「そーだな……ん?謁見?誰にも会わないって言ってたのに?」
「いや、たしか雨の降る前日、執務上のことで陛下よりじきじきのお問い合せがあったのだ」
「補佐官はどーしてた」
「ちょうどロザリアは他の仕事で手が放せず、私一人で陛下にまみえることになった」

お節介ロザリアの事だから、たぶん気を利かせたつもりだったんだろーな。
「ジュリアスに会うんでしょう?じゃあ、二人っきりにしてあげるわ。…がんばるのよ」なんてな。
でもそんな気遣いも空回り、ってゆーか何の役にも立たなかった、と。

「で、何の用だったんだ」
「…私がお仕えしてきた歴代の女王陛下についての事だ。
 記録を読んでもわからない、印象、と言うか、雰囲気、と言った部分について知りたいのだとおっしゃっていたのだが」
なんだ、ただジュリアスと二人になりたいだけの口実ってワケでもなかったのか。
「で?」
「記憶している限りのことを申し上げただけだが?」
「歴代女王に比べてお前は、なんて説教じゃなくて?」
「今さら何を説教できるというのだ。相手は陛下だぞ」
だって、陛下って言ってもアイツなんだぜ?
そう言ってやりたかったが、やっぱり言わないことにした。

しっかし、なんでオレがジュリアスを尋問しなきゃいけないのか。
向こうもきっとそう思っていただろうが、律儀に答を返してくる。
このへんがジュリアスだよな。なんて言うか。


その後いくら聞いても、決定的なことはでてこなかったが、オレには何となく見当がついた。
結局、試験の時と違ってまさに「お仕えする」と言った風情のジュリアスに、アイツは耐えられなかったんじゃないかと思う。
しかし、それぐらいのことで、3日も土砂降りにするか?
そんなに根性無しだったか?
よくわかんねー。
……集中してこなしたい仕事、とかが結構負担なのかもな。アイツはなかなか根性ある奴だけど、それだけに、弱音吐くの苦手だから。
試験中と違って、ストレス解消とか言って木登りするわけにもいかねーだろうし。
あ、そうか、ストレス解消に土砂降りなのか。……つくづく過激な奴。

「な、手紙書けよ」
「?」
「だから、じょおーへーかに、お前から手紙出せ。この雨をどうにかしろって」
「しかし……」
「これ以上の雨はうちのメカ達によくねーんだよ」
腑に落ちない、と言った表情のジュリアス。
これは、もっと根本からいわねーと駄目か?

「女王試験のときの、アイツ、じゃなかった、陛下の事覚えてるか?」
「覚えているも何も。
 正直言って、あのような、およそ少女らしくない粗暴な少女がこの世に存在するのかと、私はたいそう衝撃を受けたものだ。
 だが、多少言動に難点があっても、あらゆる困難にめげず立ち向かう姿勢は見事だったし、それが、当初は絶対無理だと思っていた試験での勝利をもたらしたのだと思う。実際たいしたものだった」
「…アイツが女王に決まって、何か思わなかったか?」
ジュリアスは黙り込む。
「正直に言えよ」
「ならそのようにしよう。私は、知らせを聞いて、これはたいへんなことになったと思った。
 私はずっと候補時代の陛下に嫌われ続けていて、そのことをよく自覚していたから、 守護聖のなかでただ一人陛下に嫌われている私が首座でいいのかとずいぶん悩んだものだ」

あああ。こいつまだそんなこと思ってたのか。俺は思わず髪をかきむしった。
あのヤロー、最後までコイツの誤解とかなかったのかよ。全く。
あれだけ押しが強いくせに、どうしてジュリアス方面はからっきしなんだよ。「オトメゴコロって言ってよぉ」なんて似あわねーこと言ってたけど。

とりあえず、これ以上ジュリアスと話していても無駄らしい。俺は「すぐ手紙だぞ」とだめ押ししてさっさと執務室をあとにした。

「乗りかかった舟は見かけ倒しで、すぐに沈んでしまいました」
俺の心境をたとえれば、だいたいそんなモンだったろう。

とりあえず、次の手を考えるためにルヴァの部屋に向かう。
アイツは物知りで役に立つかも、と思ったのだが、待てよ、オトメゴコロとかレンアイとか、全然守備範囲外じゃん。ま、引き返すのも面倒だし、他にこれといった方策もないので、そのまま目的地は変更しなかったのだが。

しかし、結局ルヴァのところには茶を飲みに行くだけになった。
役に立たなかった、というわけではなくて。相談すべき中身が無くなったのだ。
そう、唐突に雨がやんだから。

「あー、何があったのかわかりませんが、陛下も気が済んだようですねー。」
熱めのお茶をなみなみとふたつの湯飲みに注いでから、薄曇りの空を見上げて、ルヴァがいつもの調子でつぶやいた。

どうやらジュリアスは本当にすぐに手紙を出したらしい。
どうせ、アイツが本当に欲しがっている言葉なんてひとつも無かったんだろうけれど、それでも手紙一本で土砂降りはヤメになった。
あーホント、こういうわかりやすいところ、もっと前から見せとけば、もうちょっとどうにかなったろうによ。
でも無駄か。何てったって相手はあのジュリアスなんだし。
そいで、アイツもやっぱりアイツだし。女王陛下になってしまったとしても。ま、そのへんが端から見てておもしれーんだけどよ。

湯飲みの中を覗き込むと、雲の切れ目から少し覗いた太陽がお茶の中に浮かんでいた。
金色に光るそれは、誰かをちょっと連想させた。

(おしまい)


キリ番4000番のTeruzo-さんからのリクエストは
「鋼様・光様・アンジェが出て、ラブラブまたはお笑い。悲しいのやしんみりはダメ」。
悩みに悩んで書き始めたのに、気がつくとアンジェが直接出て来ていなかったので没に。
っていうか、ラブラブでもお笑いでもなんでもないよねー。これって。
そんで、せっかく書いたことだし、やっぱり「枯れ木も山のにぎわい」だと思ってここに載せることにしました。

で、実はこれ、「完璧な一日」の続きのつもりだったりして……
ええ、まだまだ前途多難です。


諸願奉納所へ