なくて七癖


新婚ほやほやのルヴァとアンジェリークは、遅い朝食をとっていた。
おだやかに時間が流れ、朝の光がだんだん確かな力強いものに変わってゆく。
ほのかな風が窓辺の白いカーテンをゆらす。
ふたりはおいしい食事と、たわいない会話を思う存分に楽しんでいる。
絵に描いたようなおだやかな休日のひととき。

「あの」アンジェリークが少し首をかしげると、金の髪がふわりと揺れ、彼女の香りがかすかだが一瞬たちのぼり、ルヴァの胸はそれだけで幸福に満たされる。
「どうしたのですか?」
「お食事の時……えっと、食べる前なんですけれど、テーブルに着いたとき左手で右の肩にちょっと触るのは、ルヴァ様の故郷の習慣なんですか?」
言い終わってなんだかすっきりした顔をしているのは、きっとずっとこのことを尋ねてよいか迷っていたからなのだろう。

「え?」
当のルヴァには心当たりはなかった。そっと、左手を右肩に持っていって、考える。

「ああ!気がつきませんでしたよー。うんうん。
 確かにこれは、私の故郷では食べ物に感謝を捧げる動作、なのです。
 自分でも無意識のうちにやっているんですねー。
 あー、これを毎食やっていたとは、 いやー、なくて七癖とはよく言ったものですねー」

「ふふふ、ご自分でも無意識だったのですか?」
「ええ、恥ずかしながら」
にこにこ笑いながらも、アンジェリークは思う。

お食事の時さえ無意識なんだから、じゃあ、いつも、私を寝台にそっと置いて下さったあとも必ず肩にちょっと触れているなんて、ご自分では全然気づいてないんでしょうね。
……そっちの方もこんど言ってみようかな?でもやっぱり、そんな、恥ずかしい……
うっすらと上気したアンジェリーク。


しばらく件の動作を反芻していたルヴァだったが。
反撃、とでもいうのか。
「食べるとき、と言えば、あなたにもちょっとした癖がありますね?」
アンジェリークの顔をのぞきこむようにして言った。

「え?」
アンジェリークは言外のつぶやきを聞かれてしまったかのようで、なんだか照れくさくて、目をそらしてしまう。

「おや、気づいていませんでしたかー?
 大きく口を開けるとき、必ず小さな声で『アーン』って言ってるんですよー」
「えっ??わ、私そんなこと言ってます?」
「言ってますとも。可愛い癖だなーってずっと思っていたんですよー」
可愛い、にますます照れて、うつむき加減のアンジェリーク。
「今の今まで気づきませんでした……」

「いやあ、本当に、癖って言うのは本人にはかえってわからないものなんですねー。うんうん」
にこにこしながら、ルヴァは、
可愛い癖ですけれど、その、時と場合によっては結構複雑な気分だったりするのですよ、
と不意に昨夜の新妻の振る舞いを思い出して、赤面するのだった。

(逃走)


キリ番をとったら、ソッコーで2本もお話を書いてくださったのに感激して、masanoriko様に押しつけたものです。
実はもともと水様で考えていたおはなしなのですが、地様に変えても違和感無いなあ、と思って書き上げました。
書いてから思ったのですが、結婚している、という設定だったら、地様のほうが似合いますねえ。

Teruzo-さんが、「あーん、しているところの挿し絵書こうか?」
と言って下さったのですが、「そんなんモザイクかけんと置き場所ナイよ〜!」と答えてしまったのは私です…(冷汗)


諸願奉納所へ