月玲瓏 (つき れいろう)


女王試験中、女王候補と守護聖の中でも就任後比較的日の浅いランディ・ゼフェル・マルセルの3人がルヴァの所に集まって勉強する――という催しが2週に一度のペースで開かれていたのだが、アンジェリークが新女王と決まって皆が聖地に引き上げてからもその習慣はやや頻度を落として続いていた。ただし女王陛下本人や女王補佐官が出席できる確率はかなり低くなったのだが。
その日も3人はルヴァのもとに集まり、もちろん勉強などほとんどせずにルヴァの入れてくれるお茶を飲みながらの世間話に花を咲かせていたのだった。

女王の交代は聖地にいろいろな変化を呼び起こしていた。
守護聖の正装が改められたのはその最もわかりやすい例だろう。
聖地の各施設、各守護聖の所でも様々な人事異動があり、そのひとつひとつが新しい時代を実感させるのだった。

今回もカフェテリアのウェートレスの前歴の噂やら、図書館で研修している王立研究所の新人職員の話題などでひとしきり盛り上がったあと、月の夜、庭園の噴水の縁にそっと腰掛け、憂い顔でハープを奏でる水の守護聖が話題に上った。
彼が夜の庭園でハープを奏でるのは珍しいことではない。ただ近頃、やたらと表情が暗いのだ。
「正直あいつがハープ弾いてんの聞くの嫌いじゃないけど、こんところなんか痛々しい感じでさ」
「それ、俺もこないだ見た。なんか消えてしまいそうな感じで声がかけらなかったけれど、今度見かけたら思い切って挨拶だけでもしてみようか」
「そっとしとけよ。まったく、お節介な奴め」
「やっぱりそうか…でも、心配だなあ」
「ぼく、夜の公園のリュミエール様は知らないけれど、近頃リュミエール様ってなんだか顔色悪くない?今朝お花を持って行ったとき、光線の関係かもしれないけれどなんだかやつれたように見えて。」
「あれであいつ結構秘密主義だかんな。やっぱ隠し事があるよな、何か」
「いったい何だろうな?」
「あー、そういえば月の国から流された姫が、月への帰還を控え、月を見てはこの世との別れを憂う、とか言うお話がありましたっけねー」とルヴァも参加する。
だがここは聖地で、彼は水の守護聖だ。聖地と別れると言うことは……もしかしてサクリア消失の予感とか、と悪い想像が頭をよぎる。
「もっとも、水のサクリアが弱くなっているという感じは全くしませんけどねえ」
だんだんいろいろ心配になってきたのだが、皆であれこれ言い合ったところで埒があかない。
とにかく、一度本人に確かめようという話になったのは自然な成り行きだった。

その夜、庭園の繁みの中から噴水方向を見張る3人組の姿があった。皆で詰め寄ってしまうと、リュミエールのことだから言いたいことも言えないのではないかということで、直接接触はルヴァにまかせ、残りは至近距離から見守ることにしたのだ。
果たして、月が中空にその存在感を増す頃、彼はやってきた。
月を見上げ、ため息をついている。玲瓏たる月に照らされたその姿は愁いに満ち、見ているものの胸が痛くなるようだ。
そしておもむろにいつもの場所に腰掛けるとハープを奏ではじめた。哀調を帯びた静かな曲だ。
3人も思わず目を閉じてじっと聞き入っている。

そこへ近づく人影。ルヴァだ。
「こんばんは、リュミエール。いい月夜ですねえ」
「ああ、ルヴァ様、こんばんは。ルヴァ様はお散歩でしょうか」リュミエールは消え入りそうな微笑みを浮かべる。
「どうしたのですかリュミエール。月の光のせいなのでしょうか、なんだか顔色がよくありませんよー」
ルヴァは単刀直入に切り込む。
「えっ」
「それとも、…差し出がましいようですが、あの、もしや何か心配事があるのではないですかー?」
すっかりうつむいてしまったリュミエール。
「月を見て、何を考えていたのですか?」ルヴァがたたみ込む。
リュミエールは、しばらくしてひとこと漏らした。
「…美味しそうだと……」
思いがけない回答に戸惑うルヴァ。繁みの3人も固まっている。

やがてぽつりぽつりとリュミエールは話し始めた。
「実は、私どもの邸では先頃家政婦頭が交代したのです」
そのことはちょっとした噂になっていた。使用人の交代は珍しいことではないが、守護聖の館の使用人の中で執事に次ぎ料理長と並ぶ地位の家政婦頭に、まだ若い女性が就任するのはそうそうあることではないのだ。
「彼女は非常に優秀な方で、同時にとても厳しいかたです。その意味では本当に家政婦頭として適任だと思っています。館の他の使用人たちの間でもとても評判がよいのですよ。ですが、その、私としては……なんと申しましょうか……」
ここで考えをまとめるようにじっとうつむいていたが、やがて顔を上げ、続けた。
「彼女の就任以来一番変わったのは私の食卓の様相です。ええ、私の体格と運動量から完璧な栄養計算がなされているそうなのですが、ちょっとその内容が私にはなじみにくくて……」
「しかしそれでは料理長が黙っていないのではないですか?」
「いいえ、料理長が作るものは以前とほとんど変わっていません。ただ私のところに来る前に彼女のチェックが入るのです」
「まるでお毒味役、って感じですねー。それって具体的に、どんな風なのですか」
「いえ、単にお皿が減ってしまうだけです。料理長がいくら沢山のものを作ってくださっても、朝は固ゆで卵と温野菜、昼は以前とあまり変わらないのですが、夕食はハーブティと香草のサラダと数種のサプリメントだけになってしまうのです。……そんな調子ですので恥ずかしながら近頃お腹がすいてよく眠れないのですよ」とうっすら頬を染める。

このところの深夜の徘徊も空腹をまぎらわすためなのだそうだ。(かえってお腹がすくのではと思ったが皆黙っていた。)
謎は解けたとはいえ、あまりにあまりな真相に隠れ場所で悶絶する3人とその場で固まるルヴァは、朝一番に補佐官に相談しようと結論するのだった。

後日、かの家政婦頭は、「リュミエール様の美貌をお守りし、決して肥満なぞさせないのが私の第一の使命だと思っておりました」との台詞を残して涙ながらに聖地を去ったのだった。


「すぴーち・ばるーん」のまゆ様が、このお話をイメージして
こんなに素敵なgifアニメを作って下さいました。
まゆ様とは水様の萌えポインツがとっても近いんです♪

まゆ様、本当にありがとうございました!

Special2のメッセージコレクションをやっと入手して、皆の「リュミエール様について」があまりに自分のイメージと違ったので、このお話ができました。
やたらと繊細とか強調されるとちょっと違うなあって。私のイメージとしては、たとえば闇様に対しては自分の要望が通るまでは毎日毎日「あの、差し出がましいかもしれませんが…」の前置き付きで要望を並べ、最終的につきあいきれないと観念した闇様から「…好きにしろ…」の答えを勝ち取るとかいう感じ。黒くはないけれど天然の強さ。って、これで水様は光様と同率首位で好きなんて言うのだから私って。

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