終わり、始まる夜に。


疲れた身体を引きずるように帰って、部屋で少し仮眠をとった。
ふと目覚めれば、まだ真夜中。
眠るのがもったいなくて、薄いカーディガンを羽織って、外にでた。

満天の星。
星を見上げながら、そぞろ歩く。
気がつけば公園にいた。

さすがにこの時間にはベンチも空いていて。
そっと腰掛けて、星空を眺める。
ここから星を見上げるのは、今夜が最後。


ここ数日たっぷり泣いたから、もう涙も出ないみたい。
それに、さっき女王陛下と少しだけお話しして、やっと決心できた。
自分のこれからするべき事を。

するべき、事。何度も口の中で唱える。


視界の端を人影が横切る。あれは。
いつも、ずっと、一番会いたかった、人。
そして、今一番会いたくない人。
「ルヴァ様……」
思わず口からこぼれるその名前に、その人はゆっくりと近づいてきた。

「星が増えましたね」
「……」
「初仕事にして、たいへんなお仕事でしたね」
そう、女王陛下と共にこの空に星を増やしたのは私。
「綺麗ですね」星空を見上げたまま、何でもない様子で私の隣に腰を下ろす。

「これが飛空都市で見る最後の星空になるんですねー」
私は何も言うことができず、ただルヴァ様の横顔を見つめる。

「ジュリアスにはこってりしぼられちゃいましてね。 
 その後オスカーに呆れられましたよ。
 手も握っていない女の子のことで説教されるなんて、ヘマ過ぎるって」
うすく微笑んで私の顔を覗き込む。
私がディア様に「お話」している間、ルヴァ様がジュリアス様に呼ばれていたのは、5日前の、事。

言われてはじめて気がついた。手もつないだこと、無かった。
私はそおっとルヴァ様の手を握る。
ルヴァ様は少しだけ驚いて、でも黙って手を握り返す。
「小さくて、やわらかくて、あたたかいんですね」
独り言のようにつぶやく。

「オスカーじゃないですけれど、今となっては、事後承諾でキスぐらいしておいてもよかったと。……いや、冗談ですよ」
「キス、しますか?」
「いや、それは、ダメです」
「……」
「まあ、オスカーの歳だったら私だってそうしてたかも知れませんけれどね」

そしてまた黙って空を見上げる。
私も空を見る。でも、もう星は見えない。枯れたと思っていたはずの涙があとからあとからあふれてくるから。

せめて、私の隣にいるこの人のことを、心の奥深く焼き付けよう。そう思ってじっとルヴァ様の顔を見つめてしまう。ルヴァ様はずっと星を見ているけれど。

つないだ手から、体温と鼓動が流れ込む。
この時がいつまでも続かないことは、よくわかっている。でも。

そのままずっと二人黙っていた。


「時が止まればいい、なんて思いますか?」
何と答えていいのかわからず、ただ握る手に力を込める。
「でもね、アンジェリーク。止まった時間は、また必ず流れ出すんです」
「……」
「本当はね、私は今、時間なんてもう終わればいいって思っていますよ。
 私たちの、旧宇宙の時間が終わったように。
 ダメですね、ここはあなたが作って行く宇宙なのに。
 でも、あなたとこうしている時間が流れ去るなら、もう次の時間は要らない……」

思わぬ言葉に私は少し驚く。
そして今さら思う。どうして、私たちの想いは成就しなかったのだろうと。

「ガラにもないこと、言ってしまいましたね。
 どうか全部、忘れて下さい。今このときのことも、これまでのことも。
 私があなたの分まで全部覚えていますよ。
 だから安心して、忘れるんですよ」

隣に座ったその人の語り口はあくまでもおだやかだった。
私は声もたてずに泣いた。彼の胸に顔を埋めて。


「どうか泣かないで下さい。
 ……いえ、もっと泣いて下さい。
 明日からの分を全部、今泣いておいて下さい。
 今このときまでは、私があなたの涙を拭いてあげられます」

そういうと、白いやわらかい布を私の顔にそっと当てた。
今顔を上げると、ターバンをはずしたルヴァ様がそこにいるに違いない。
わかっていたけれど、でも、その姿を目にするのはやめようと思った。

私も、世の終わりを願ってしまうだろうから。

そう、もうあと数時間で、私は私の名を捨てる。
そしてきっとこの人は、私に臣下の礼を尽くすのだ。
始まったばかりの新しい世のために。

でも、あと、もう少しだけ、ここにすわっていよう。
やわらかい白い布の端をしっかり握りしめて。

だから、お願いだから、先に帰って下さい。
空が少し白んだら、がんばって元気に立ち上がって帰るから。
笑顔までは作れないと思うけれど、がんばるから。
元気な私が好きだと言ってくれた人のために。

(おしまい)


うっわー。メッチャ暗い!!!
ここまで暗くするつもりじゃなかったのに、どうして???

でもこれ書いて20世紀に置いていこうと思ったの。
とりあえず新年には見たくないネタだからね。

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