カモミール


早朝。
水の守護聖リュミエールは、私邸の庭の片隅で、少しばかり繁りすぎたローマンカモミールを前に考えていた。
「刈って、クッションにでもしましょうか?」
早速、まず花をお茶用に摘んでから、繁りすぎた部分を刈り込んで行く。
一抱えも刈ると、あたりはずいぶんすっきりした。

一抱えのカモミールを前に再び考える。
「こういうときは、まず干す方が先でしょうか?切る方が先でしょうか?」
切らない方が当然干しやすいのだが、干してから切ると粉々になってしまうような気がする。こういうどうでもいいようなことも、いったん気になり出すととことん気になってしまうのが性格というものだろう。
「やはり、調べてみましょう」

10分後。

「わ、私としたことが……とにかく急がなくては」
白い肌をひときわ蒼白にして、珍しく取り乱した様子で彼はいずこへかと出かけていった。せっかく刈ったカモミールを置き去りにしたまま。


昼下がり。
ルヴァのところでは、オリヴィエやゼフェルが集まってきて、自然にお茶会に突入していた。そこへ、リュミエールがやってきた。彼は美しく彩色された缶を両手に抱えている。

「みなさんお揃いですね。よろしければ今日はこれを飲んでいただきたいのですが」
オリヴィエが缶のひとつをあけて中身を確認する。
「カモミール、ね」
「ええ」リュミエールはてきぱきとカモミールティを淹れはじめる。

「おや、この缶は」
「はい。私が絵を付けたものです」
「はーやっぱり絵心があるっていいわねー。生活に潤いってゆーか。
 ……で、なんでこんなのがここにたくさんあるわけ?」
「実は今朝方、アンジェリークのところから引き上げてきたのです」

一同は息をのむ。女王補佐官アンジェリークとリュミエールはいわゆる公認の仲なのであるが、一緒にいるところなどどう見ても「似てない美人姉妹」と言った風情で、つまりなんというか決定的に色気に欠けていて、一部の者をして「いったいどうなってるのよ、あの二人は!」とやきもきさせているのだった。
それにしても、一度贈ったものを引き上げるとは。

「なんか不良品だったわけ?虫がついてたとか」
「いいえ。品質は保証いたします」
「じゃ、なぜ……」
「………」
いったい二人の間に何があったのか。黙り込んでお茶を淹れるリュミエールを見ても見当がつかない。皆も自然に口数が少なくなって行く。

そこへ。
軽いノックと共に、女王補佐官が飛び込んできた。

「ルヴァ様、…おや、みなさんお揃いでしたのね。
 ちょっとここのところ、ご相談なんですけれど……」
「あー、ちょっと待って下さいね、アンジェリーク」

二人はなにやら仕事の話をしている。残りの者は、今ここにアンジェリークが入ってきて、大丈夫なのか?とリュミエールの方を伺うが、彼は別に顔色ひとつ変えるでない。
そうこうしているうちに、アンジェリークは用件を終えたようだ。

「どうです、あなたも。仕事も一区切りついたでしょうから、お茶にしませんか」
一応儀礼的に誘ったつもりのルヴァだが、
「わー本当ですか。じゃ、ご馳走になっちゃお。うふ」
ときわめてアンジェリークは上機嫌である。
これは別にこの二人、ケンカした訳じゃなかったんだな……じゃ、いったいどうなってるんだ。

「うふふ、いい匂い。私もカモミールティ、もらおうかな」
「駄目です」きっぱりとリュミエールが言う。
「朝にちゃんと説明したではありませんか。カモミールは駄目だと。あなたの分のお茶は今からお入れしますから、しばらくお待ちなさい」
ずいぶん言葉の調子が強い。こういうリュミエールはなかなか珍しい。
「だって…」
「私はあなたが心配なのです」
「でも…」
「駄目なものは駄目」

この二人が言い合うところなど初めて見るので、皆息を詰めて展開を見守っている。それでも一応3人で談笑しているポーズだけは取っているのだが。

「でも、リュミエール様、私、別にその……妊娠してないですし」

意表をつく単語がアンジェリークから飛び出して、お茶を吹くゼフェル。カップを落としかけたルヴァ。たっぷり2秒は意識が飛んでしまっていたオリヴィエ。しかし、二人にはそんな回りの様子は目に入らないらしい。

「……でも、それはあなた個人の判断でしょう?
 そもそもああいったことは、実際起こってから本人が自覚するまでにいくばくかの期間があるものです」
「…たしかに……そうなんだけれど……」
「それに、たとえ昨日大丈夫でも、今日は大丈夫かというと言い切れないですよね」
ここでアンジェリークが黙ってしまったのは、決して納得したからではない。ましてや、自分たちの会話のヤバさに気づいたわけでもない。ただ、こういうときのリュミエールの強情さを、つきあうようになってから身にしみて知っているからである。

一方。ちょっと待て、いったいいつから、いや、いつの間に、この二人はそういうことになっていたんだ?と皆は色めき立つ。……昨日大丈夫でも今日はわからないって、それって…それって……
しかし、肝心の二人は、お互いとの対決に集中するあまり、天を仰ぐゼフェルにも、すっかりうつむいてしまったルヴァにも、ニヤニヤ笑っているオリヴィエにも、気が回らないようである。

ほどなく、別のポットからお茶をそそぐリュミエール。
「はい、あなた用のお茶がはいりましたよ。少し癖がありますが、すぐに慣れます」
アンジェリークはリュミエールの入れたお茶(ドクダミ茶、だそうだ)を、ややすねた面もちで飲み干すと、皆とろくろく会話も交わさないまま、「では私はこれで失礼いたします」と一応儀礼的に微笑みを浮かべて、さっさと出ていってしまった。


リュミエールは不機嫌な恋人を見送ったあと、ため息をついて、自分の分のお茶を入れ直している。どうやら先ほど自分たちがどんなに恐ろしい(またははずかしい)会話を交わしていたのかまだ気がついていない様子だ。

「どうしたのさ、いったい」ニヤニヤしたままオリヴィエが聞いてみる。
「……私としたことが……今朝まで気がつかなかったのです……
 カモミールティは神経を休め、体にもいいのですが、例外があることに。
 ……ええ、妊婦には飲ませてはいけないものだったのですね……
 ああ、もし既に取り返しがつかないことになってしまっていたのなら、どうすればよいのでしょう……」
沈痛な表情で、なおも危ない発言を重ねる彼は、お茶を半分飲んで、うつむいたまま長いため息をついた。

(おしまい)


ちゃん太的・リュミエール様像。
・よく気の回る部分と、絶望的に鈍感な部分が絶妙にミックスされている。
・世話焼きだが頑固者。
そういうあたり、上手く出せましたでしょうか…

ルヴァ様やゼフェル様が全然動かせなくてちょっと残念ですが、それはまたの機会。(あるのか?)

諸願奉納所に戻る