黒革のアルバム


その日のお茶の時間は、前日からの根回しの末、完璧に人払いをした上で挙行された。
と言っても、午後のお茶は女王アンジェリークと補佐官ロザリアの大切な打ち合わせおよび息抜きの時間と認識されていたので、二人きりなのが恒例なのだが、今回はとくに念入りにしなければならなかったのだ。

「黒革のアルバム」を見つけてしまったのだから。


女王の引継は、戴冠式のみで、細かな業務の引継めいたことは一切行われない。
女王はそのサクリアを持っていることこそが重要で、どう宇宙を導くかはそのサクリアの命ずるまま、なのだ。 ただ、儀式典礼などについては、就任後、女官長ならびに守護聖首座から折に触れてレクチャーがある。
かたや補佐官の業務については、引き継ぐべき事がたくさんあるが、ふつう引継期間が非常に短いため、通常は文書による。すなわち、「補佐官マニュアル」が存在するのである。

さて、前任の女王補佐官のディアはたいそう段取りよく、アンジェリークが補佐官になった場合、ロザリアが補佐官になった場合、他の誰かが補佐官になった場合、補佐官なしの場合、と細かく条件わけをして補佐官引継の文書を残していた。
新補佐官宛のみではなく、新女王へ宛てたメッセージ(もちろん2種類)まで女王執務室のデスク上に残されてあったのを発見した新女王並びに補佐官は、頭が下がるというのはこういうことかと思ったものだ。
そしてその引継文書と新女王へのメッセージの両方に、「黒革のアルバム」という一節があった。と言ってもその記述は「女王と補佐官以外その存在を知る者はありません。こっそり捜してね。」のみ。

当初大いに17才らしい好奇心をそそられた2人だったが、それはなかなか見つからず、また就任当初の忙しさといったら、とてもナイショの捜し物どころではなく、結局2ヶ月近くが経過してしまったのだ。

ところがそれは、なぜか補佐官の私室で、次いで女王の私室で、わずか一日の差で発見されたのだった。
アルバムと言うにはいささか小さすぎる、日記大のそれには、鍵がかけられていた。そして、一緒に保管されていた鍵では開くことができなかった。
と言うわけで、今日は2人でそのアルバムと鍵を持ち寄って、善後策を講じるのである。


とりあえず発見された2冊を並べてみる。
ふたつはほぼ同じ物らしい。手にしっくりなじむ黒革の装幀には控え目に神鳥が型押しされ、その周囲には羽毛散らし紋が金箔で施されている。厚みはそれほど無い。
試みに、鍵を交換してみると、案の定どちらもあっさりと開いた。
「要は2人が揃わないとダメってことかな」とアンジェリークがつぶやく。ロザリアは黙って頷き、そっとアルバムを開いた。

偶然最初に開いたページは、アルバムのかなり後ろの方だった。
そのページに一枚だけ張ってあった写真を見て、2人は絶句した。
次いで、顔を見合わせた。

「…これって、オスカーと?」
「…リュミエール、ですわよね?」























そしてこらえきれず爆笑するふたり。

写真の中のふたりは、あろうことにか、バニーガールの扮装をしていた。
「なんで俺(わたくし)がこんな格好を…」と言いたげにすねた表情は今より少し若く、どうやら就任後間もない頃のようだった。

「この座りかたって何?いやーん!!」
「…むき出しの肩が新鮮ですわね」
「それにしてもこの2人、コントラストありすぎったら。…オスカーの、すね毛…さすがね。網タイツからはみだしまくってるじゃない。うう、気持ち悪いけれどなんか楽しい〜」
「かと言ってリュミエールみたいに似合いすぎてるって言うのもどうかと思いますわ」
「確かにこのはかなげな表情はちょっと押し倒してみたいかも」
「…わたくし、そこまでは言ってません」

十二分に堪能したあと、急いでその前後のページをめくる。どうやらここ数代の守護聖全員の写真があるようだ。もう一冊の方も全く同じ写真が同じ配置で貼られている。
アルバムのちょうど半分あたりから調べると、見たことのない男性の写真が続いたあと、見覚えある面々が並んでいた。

七五三スタイルで振り袖を着た(ご丁寧に千歳飴まで持っていた)ジュリアスとクラヴィス。妙に偉そうな幼児と、なんだかふてぶてしい幼児との2人組は、自分たちの格好が女装であることすら知らないのに違いなく、これではこの扮装をさせた側も張り合いがなかっただろうと思われる。
「綺麗な顔した子供が可愛いとは限らないのね…」
「それは成長した姿を知っているからではないかしら?」

その次のページには、写真がなかった。
「あれ?」
「こちらにはありますわ。…ほら、クラヴィスが一人で写っているでしょう?」
「どれどれ、本当だ。…持たされているのが飴だって気がついたところ、みたいね。なんかちょっと嬉しそうじゃない」
「確かに、クラヴィスの写っている中では一番機嫌が良さそうね」
「じゃあなんでこっちには…あ、これ剥がしたあとかなあ。台紙がちょっと毛羽立ってるもの」思わずため息がもれる。「…そうかあ、そういうことなの」そして、知らず知らず天を仰ぐ。
「…先代陛下はどうしてらっしゃるのかしら」
「幸せになっていらっしゃるといいんだけれど…」
なんだかしんみりしてしまう2人。気を取り直して他のページを見る。

セーラー服が初々しいのか不気味なのかわからない、ルヴァ。とりあえずターバンとセーラー服が全然合わないことはよくわかった。
「見ようによれば頭に包帯してるようには…やっぱり見えないか」
「無理ね」
こちらも、今度はロザリアが持っていたアルバムに写真が一枚欠落していた。思わず顔を見合わす。
「…知ってた?」
「正直言って全然気がつかなかったわ。でも今考えると、そう言えばって事もあったように思いましてよ」
「…ルヴァ、絶対終始一貫気がついてなかったよね」
「そうだと思いますわ」
またしてもしんみりとした空気が漂う。

しかしページを繰って再び出現した件のバニーガールたちは実に上手くその場の雰囲気を塗り替えてくれたのだった。
「な、何度見ても笑える〜〜!!」
「どうしましょう。私このあとオスカーに用があるのよ。吹き出さずにちゃんとお話しできるかしら」
「がんばってとしか言えないわ。ふふふ」
「ところでこの妙な書き込み、ディア様の字とは思えないんですけれど」
「確かに見慣れない字よね」
「ディア様でないとしたら……残るは陛下しか」
「し、知らなかった……陛下ってこんな人だったんだ」
「なんかいろいろ崩れてゆく音が聞こえますわ、私の中で」
「うう、確かに。……さ、次行こう!
 ほら、オリヴィエって女装でも全然平気そうだから、張り合いなかっただろうねー」
「どういう格好をしてもお美しいと言って下さらない?」
ページを繰って出現したのは、イナカの中学の学校指定のブツとおぼしきジャージの上下に、悪趣味な柄行のはんてんを着込んで憮然とした表情のオリヴィエの写真だった。
「うっわーすっごーい!アイデア賞ね!」
「いいえ、このような格好でもお洒落なのがオリヴィエ様…って言いたいけれど…これはダメね、やっぱり」
くすくすと瞳を交わす。

次はいったい誰のシュミなのか、メイド服のランディ。
「ミスマッチというのはまったくこういう状態をこそ指す言葉ですわね」
「…でもちょっと似合うかも…」とアンジェリークがつぶやく。
「隠れた魅力再発見、なのかしら?」とからかうロザリアを軽く小突くアンジェリーク。

部屋の隅にうつむいている、チアリーダースタイルのゼフェル。
「あのさ、ちょっと思ったんだけれど、ゼフェルが妙にぐれてたのって、このせいもあるんじゃない?」
「…確かに。踏んだり蹴ったりって感じたでしょうね」
「あーでもゼフェルって足キレーよねー。少年の足!って感じで。いいなあ」
「あんたの趣味っていまいち私には理解し難いんだけれど」
「ロザリアの趣味だって私にはよくわかんないわよ」
「芸術性が理解できるかの問題、ですかしら?」
アルバムを見ながらくすくす笑い合う2人は、宇宙の女王陛下でも補佐官でもなく、ただの17歳の女の子2人にすっかり戻ってしまっている。

全然違和感が無いどころか、とってもよく似合っている、ベレー帽にタータンチェックのスカートをはいたマルセル。泣き顔、ではあるが。
「うーん、かわいいなあ。お人形さんみたいね」
「ええ。でも、正直言って面白味に欠けますわね」
「そうなのよ。惜しいなあ」

マルセルの写真が数枚続いて、あとはまっさらのページが続いている。

「これって要は守護聖就任直後の、新人の洗礼っていうところかしら?」
「そんな感じですわね。とりあえず歴代守護聖の恥ずかしい写真なのは間違いなくてよ」
「全部隠し撮りかなあ」
「さすがに隠し撮りでないと無理だと思いますけど、こういうのは」
「ってことは、女装自体は身に覚えありだけれど、その記録が残っていることは誰も知らないって事?」
「だって秘密のアルバムですものね」
「そうよね。ふふふっ」

と、アルバムのはじめの数ページの文章をよく読むと(知らない守護聖の写真ばかりなので、そちらは全然見ていなかったのだ)、やはりそうだ。

「正装の仮縫い、と言って全部脱がせて、有無を言わさず素早く着せ、着替えを隠す、という訳なのね。単純な方法だけど、まさか聖地に来てそんな目に遭うなんてどなたも思ってらっしゃらないからこそ有効だという事でしょうね」
「なるほど。ああ、じゃ、次の新しい人が来るのがすっごく楽しみじゃない?ふふふ」
「なーに不謹慎なこと言ってるのかしら。ほほほ」
「ロザリアだってものすごく嬉しそうじゃない」
とか言いながら、またはじめからじっくり写真を見直しては、あの人だったらこんな格好をさせたい!とさんざんアイデアを出し合う2人なのだったが。

「あ、今とってもいいこと思いついた! ねえ、宇宙のお引っ越しの後始末も一段落ついたことだし、ここはぱーっと守護聖の衣装、一新しましょう!」
「それって……もしかして……」
「もちろんそーゆー事」
「……いいわ、やりましょう。でも、上手くいくかしら?今度は全員2度目、でしょう?」
「大丈夫。2度目があるなんて絶対誰も思っていないから。 あの人たちって皆妙に自信があるから、こういうときかえって簡単よ」
自信たっぷりで楽しそうな女王陛下の様子に、ロザリアは、文字通り守護聖たちを手玉にとっていた彼女の女王候補時代のあれやこれやを思い出したのだった。そして、自分だって彼女のことは言えないということも。


かくして守護聖の衣装は一新され、同時に女王と補佐官の黒革のアルバムには、新しいお宝写真が多数納められたと聞くが、真相は定かではない。

(おしまい)


はい、あの絵を見たら書かずにはいられませんでした。(とはいえ、遅筆な私のこと、思いついてから形になるまで2ヶ月近くかかっているのですが。)
絵の掲載に快諾してくださったくりず様、ありがとうございました。
なお、くりず様のサイト「Queen's Lyzhi」には、本作品中のルヴァ様を描いたイラストもございます。はっきり言って、必見です。

くだんのイラストは「水中花」を意識したものというキャプションがありましたので、松本清張つながりで、「黒革の手帳」ならぬ「黒革のアルバム」をタイトルに持ってきたのですが、後で考えるとアンジェと松本清張ってすごい組み合わせですな。

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