「だいすき。」


 最近ゼフェルは同じ歌をうたってる。
 歌詞の1フレーズの時もあれば、曲のメロディー部分だけを口ずさむ時もある。

 歩きながら、作業しながら、書類に目を通しながら・・・・・。

 この歌をうたってる時は機嫌が良い証拠でもあるので、解りやすくいいんだけど。

 ご機嫌時に定着した歌。

 ここまで、ゼフェルを虜にする歌。

 私は聞いた事がない歌なんだけど、とても古くは感じないけど、新しくもない。
 ゼフェルの星で流行ったのかな。

 とにかく、その歌の歌詞と曲の全容が知りたくなった。
 
 ゼフェルに聞いても 「さーぁなー。」 とかわされてしまう。

 これは、自分で調べるしかない。
 補佐官の仕事の合間に、出来る限り調べまくった。
 でも、歌の1フレーズとゼフェルの口ずさむサビの部分だけでは、ちょっと無理があった。
 結局解らないまま、ご機嫌な時にゼフェルは口ずさむ。

 今も折角2人の休みが重なった貴重な日に「天気がいいから。」って理由で、朝から恋人ほったらかしで、愛車の洗車。
 仕方ないから私も手伝う。

 ゼフェルはご機嫌で歌をうたう。

 誰かのことが好きでたまらないっていう歌詞。好きな女の子のために歌うんだって。
 よくわからないけれどハネムーンって単語も聞こえる。

 ああ〜、その歌詞どおり私の為に唄っていてくれたら嬉しいんだけどな。

 ・・・・・・それはないか。

 だって、もう以前に聞いたから。

 「私のため?」

 って聞いたら、即!

 「ばーぁか。」

 それも思いっきり人をコケにした顔だった。

 はいはい、聞いた私がバカでした。

 ゼフェルの愛車(「私とバイクどっちが大事なの?!」と聞いた事ありな私のライバルでもある)を磨きながら、ため息を吐いた。
ああ、思い出すんじゃなかった。

 ピカピカになった表面に映るゼフェルの笑顔。

 あ〜やっぱりちょっと妬けるな。
 でも、嬉しそうだからいいか。

 ぼんやりしていると、いつの間にか片付けのすんだゼフェルが目の前に立っていた。

 「おい。行くぞ。」

 え?何所に? って問いただす間もなく、ヘルメットを渡される。
 愛車のエンジンもかかり、後は私がゼフェルの後ろへ乗るだけ。

 「おい。」

 ゼフェルから声をかけられ、慌てて乗った。
 何処かへ連れて行ってくれるらしい。
 それが何所なのか知らないけど、着いてからのお楽しみで、それが彼と一緒ならどんな所でも嬉しい。


 
 そして、着いたのは・・・・・・・人の多い海。

 ああ、道理で服も着替えなくっていいはずだよね。
 Tシャツにジーンズでも問題ない場所だし。
 もう、この場所の季節は夏も終わり、ギリギリ最後の海を楽しもうって所かな。

 水着持ってくるんだったな〜。
 ここで買ってもいいかな〜。

 と真夏の太陽とちょっと違い優しく感じる日差しを受けて、海の表面がキラキラしているのを眺めていたら、いつの間にか側にいたゼフェルが居なかった。
 慌てて周囲を探すと、ちょっと離れた場所の駐輪所にかたまったバイク乗りと話込んでた。
 これは、長くなるな〜と今までの経験からゼフェルから見える範囲を散策する事に決めた。

 運良く大きな木があったので、その下に座ってゼフェルを待つ事にした。
 木陰のお陰で暑くないし、海の風は丁度いいし、ビーチに流れるBGMはいい感じで、ぼんやりと海を眺める。
 クラゲもでるから、海で泳ぐなら早い方がいいな。

 私も泳ぎたいな〜、焼けるからだめかな〜。
 一度真っ黒になって帰って来た時は、ジュリアス様に怒られたしな〜。
 
 と、ぼんやり波と戯れる人達を羨ましく眺めていた時、耳に入ってきたメロディーは私の馴染みの歌だった。

 ゼフェルからは、到底想像も出来ない甘い声で歌う男の人の声。
 へーこんな歌だったんだ〜と集中して聴いた。

 そして、サビの部分を聴いて、セフェルは何を思い浮かべながら歌ってるんだろうと思った。

 

 歌は終わって、もう何曲か違う夏らしい歌が流れたけど、私の心は秋から冬へ一気に飛んでいっていた。
 何人か声をかけて来る人がいたけど、堪える気も断る気も失せ、ひたすら無視を決め込んでいた。
 このぐらいで落ち込んでいたらゼフェルとは付き合えないよ・・・・・・。

 足元のありんこを見ながら、ため息がこぼれた。
 
 「今ので、幸せが1個逃げたんじゃね?」

 ばっと顔を上げるとゼフェルが側にいた。

 「・・・わりぃ・・・何かあったのか?」

 目があった途端にゼフェルの問いかけと同時に手首を掴まれた。
 ふるふると首を横に振ったけど、ゼフェルに掴まれた場所はそのまま。

 「何かあったんなら話せ、言わないと俺はわかんねーからな。」

 ふと顔を上げると怒った顔のゼフェル。
 でも眉毛がちょっと下がってるから、彼が心配しているのが解る。

 そうだよね、それくらい付き合い長いモンね。
 そうだよね、言わないとわかんないよね。

 ふたりで木陰に腰を下ろし、ゼフェルの歌の事から不安になったことまで全部話した。

 「おまえ・・・もう忘れてんだろ。」

 ゼフェルは呆れたようにそれだけ言った。
 そして、彼が掴んだ手はそのまま離されることなく、彼に引っ張られていくように立ち上がった。
 いつもの強引さに、馴れと諦め半分。
 黙って着いて行った先は、今日ピカピカにした愛車のバイク。

 私の沈んだ心と反対に輝いていた。
 あー、こんな自分は嫌いだ。

 いつの間にか繋がれた手はそのままに、彼は今日知り合ったばかりのバイク仲間となにやら話してた。
 ゼフェルの後ろから、ちょこっと会釈する。
 頑張って、ちょこっと笑顔も沿えて、上手く出来たかわかんないけど。

 「おい。」

 すでにバイクに乗ったゼフェルは私にヘルメットを渡す。
 バイク仲間さん達にさよならの挨拶すると、ゼフェルは少し込み始めた道とは逆の方向へバイクを走らせた。
 
 海から少し離れた場所は、山の方。
 避暑地って感じの場所。
 道の両側は桜の木。
 夏は青々と涼しげで、春に来たら桜並木が綺麗だろうな〜って思った。
 綺麗に舗装された山道をバイクで登っていくと、海が綺麗に見える場所についた。
 夕焼けに染まった周囲の山と遠くに見える海。
 何とも不思議で贅沢な眺めに心奪われる。
 
 「おい。」

 ゼフェルに脱いだヘルメットを渡すと、手を繋がれ側の腰掛けるに丁度良い岩の上に座った。

 「お前さ、湖で言ったこと憶えてねーの?」

 何か言った? って言葉にせず瞳で訴える。

 彼は はぁ〜。 と大きなため息を吐いた。
 久々に物凄く呆れてる、かも。
 ちょっとドキドキしながら彼の様子をみていると、何か決心したかのように彼は話てくれた。

 「お前は俺に好きだって言われたいって、いったけど、俺は出来ないって言ったよな。んで、お前泣き出したから、それじゃ俺は時々お前のために歌を歌ってやるって言ったよな。 それは憶えてるか?」

 ちらっと私の方に目だけ向けて様子を見ている。

 そ、そんなロマンチックな事あったけ?!

 また、ゼフェルの大きなため息が聞こえた。

 やばい、思い出さなきゃ!!
 湖で泣いた時・・・・いっぱいありすぎで思い出せない・・・・・・・・・・・・・・・・あ、思い出した!!

 くるっとゼフェルの方へ身体ごと向いた。

 「そ、そんな昔の事・・・・でもその為に、私のために歌ってくれてたの?」

 最後は語尾が小さくなる、ちょっと自信がないから。

 「ああ。」

 海の方を真っ直ぐ見ながらの即答。

 「じゃー、あの「君が」って所は、「私が」ってこと?」

 恐る恐る尋ねた。
 そんなまさか・・・彼に限って。

 「そうだ。」

 きっぱり、はっきり、答えが帰ってきた。
 私はここの中で きゃーv っと絶叫しながら、ゼフェルに抱きついた。

 彼も抱き寄せてくれながら、彼らしい一言はあったけどね。

 「ただし、もう二度目はない、今度勝手に落ち込んだ時はしらねーからな!」

 はい。もう二度と忘れません。
 こんな嬉しい事忘れるもんですか。

 と、いうか女王候補時代のお付き合いしてた頃に言われた、ゼフェルからのロマンチック語録としては私の記憶に残っていたのだけれど・・・・本当に歌ってくれるとは、全然思っていなかった。

 それって、結構私のことを思ってくれてるってことかな。

 ちょっと、自惚れてもいいかな。
 ちょっとどころか、かなり自惚れてもいいかな。
 ん、でも勿体無いから、ちょっとだけにしとく。

 昔に比べて、必要な事以外喋んなくなったけど、ゼフェルはゼフェルなんだと改めて思った。
 

 その後、彼が無意識に口ずさむ以外 この歌が聴けなくなったのは残念だけど、この事を忘れない私は、前よりも彼の気持ちに嬉しくなった。
 そして、以前ほど彼の愛車へのヤキモチも少なくなった気がする、かな?



=おわり= 2005.夏


ゼフェルが歌っている歌は、岡村靖幸「だいすき」をイメージしています。
こんな甘い歌ゼフェル・・・・歌ってくれるのか?何所で仕入れてきたんだ?と謎が残りますが、その意外性が彼らしい?ってことじゃダメでしょうか。(^^;


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